ちょっと皆が優しい日

 

 

 


どうして風がこんなにも冷たいのだろう?
それは吹き荒ぶ風に雪が混じっているからだ。
どうしてこんなに寒いのだろう?
それは自分の格好がパンツ一丁だからだ。

どうして・・・・・・・・

「どーして根性鍛えるためだからって寒中水泳することになるんだリボーンーーーーーーーー!!!?」

ツナは叫んだ。吹雪の中訴えかけるように。
絶叫は木霊するようですぐさま雪に吸収されてしまう。
彼が立つのは河川敷、程よく雪の積もった真平らな場所で、目の前には吹雪の中健気に流れる川があった。
全身、それこそ頭髪まで総毛だたせているツナに、
リボーンはいつもながらにしれっと返す。

「我慢強さは厳しく鍛えるほど良いんだぞ。泳げ」
「『泳げ』じゃねぇぇぇぇ!!生死にかかわる我慢はまずいだろ!!?」
「うるっせーなさっさと川入れ。弾ブチ込むぞ」
「どうあがいてもオレは死ぬのかあああああああ!!!?」

本日の天候は生憎の吹雪。ついでに気温は氷点下。年に一度あるかないかの寒い日だ。
風は容赦なくビュオオオオオオオオなんて末恐ろしい音で吹き荒れている。
パンツ一丁にされたツナにとって、通行人がいないことは幸いであった。
ただ、誰も助けてくれないという事実が嫌でも付きまとうのだが。

「しょーがねぇ、3千億歩くらい譲歩して乾布摩擦でもいいことにしてやるぞ」
「ええいどちらにしろオレは半裸に・・・・ッぇっくし!!」
「鍛え方が足りねーな」
「っくし!!ふ、っくしゅ!!しょーがないじゃんっていうかこれ人間の人体構造じゃ耐えるって方が無理なんじゃ!!!?」
「ボスがそんなんじゃ先が思いやられんな」
「じゃーボンゴレのボスはアザラシか何かにしろよ!!」

現在進行形で生死の境をさまよいながら叫ぶ。
この状況は寒気というより冷却に近い。
奪われる体温や諸々に意識が朦朧し、そろそろ幻さえ見え始めそうだ。
体が勝手にするくしゃみが、唯一現実と意識がつながる瞬間である。
色々ぶっちゃけると、かなりヤバい。

「ふぁっくしゅ!!いや、もうホント・・・っきし!死ぬ、ぁっくしゅ、死にます・・・・うう・・」
「情けねーヤツだな」
「もういいよ情けなくてもぉ・・・・・!ふ、っくしゅんっ!か、帰らせて・・・・・・・!!」
「ツナ」

一瞬、リボーンの声が優しくなった気がして、ツナはそちらを振り返った。
そんなツナには認識が足りなかった。
リボーンの辞書には甘やかすなんて項は、存在しない。

「男になれ」
「は?」

リボーンのよく磨かれた黒靴が、無造作にツナの震える足を蹴り飛ばす。
ツナにはだんだん水面が自分に近づく様子がスローモーションに見えた。

「うわああああああああああああああああああああああ!!!?」


ばっしゃああああん!!



真冬に上がる水飛沫は、真に無慈悲な光景であった。















 

 
























ピ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−ッ

無機質な電子音が鳴り響く。
部屋の中、暖かい空気にいつものベッド、ついでに温かい服・・・・・・・・・・・
あれほど望んでいたものを手に入れたというのに、ツナはどことなく釈然としない心持である。
不機嫌顔で腋の下の体温計を取り出す。
記された数字は、

38.8℃

「うわー!ツナ兄、結構高い熱だよ!」
「そだね・・・・・・・・アハハやった学校休めるぅ・・・・・」
「休めるぅーーーーー!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

体温計を覗き込んで大仰な声を上げたフゥ太に、乾いた笑いを返したツナだ。
ベッドの近くでランボとイーピンが変な歓声を上げているのは無視する。
ツナが熱と疲れと不機嫌によりまぶたをとろんとさせる。
フゥ太は、ベッドに収まっているツナを真横から心配そうに見つめて。

「でもよかったよ、ツナ兄が風邪ひく程度で済んで」
「・・そーなの・・・・・・・?」
「ツナ兄は覚えてないだろうけど、パンツ一丁の氷像になって運ばれてきたときは『あ、死んだな』って思ったモン」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「急いで溶かそうと思って浴槽に投げ込んだら、お湯張ってなかったしさ。まいっちゃうよ。欠けなくてよかったねツナ兄」
「・・・それはオレが違った意味でまいっちゃうなあ・・・・つかよく生きてたなオレ」

他人事のようにつぶやく。
生き延びたにしろこれから数日は熱と頭痛とせきとのどの痛みに耐えなければいけない。
リボーンに怒りのひとつもぶつけてやりたいが、生憎ヤツは外出中。
救いは、それがビアンキも一緒だという事くらいか。
ランボとイーピンは先ほど部屋を出て外に遊びに行ってしまったらしい。
しばしの沈黙。

「・・・決めたよ!」
「・・?」

フゥ太が決心めいた掛け声を上げた。
首をひねってそちらを見れば、随分と真剣な顔をしたフゥ太がいた。

「僕がツナの風邪を治してあげる!」
「ふぇ・・・・?」
「いつもツナ兄にお世話になってる分、僕ががんばるからね、ツナ兄!!」
「・・・・・・・へ?あ、ありがと・・・・・・」
「ご飯だって食べさせてあげるし、汗かいたら着替えも手伝うからさっ!」
「・・・今ちょっと嫌な予感したんだけど」
「きのせいだよ。よし、早速良い風邪の治し方のランキングだ!」

フゥ太が言うや否や、ツナの額の濡れタオルがふわりと浮いた。
後を追うように掛け布団が浮き上がり、慌てて手を伸ばしたら自らも浮き上がる。
フゥ太のランキングが始まったのだ。

「良い風邪の治し方・・・・951通りの中でベスト3は・・・・」
「フゥ太ーー!ッゲホ、浮いてるッ!」
「3位、風邪に効く注射をする」
「嫌だーーーーーーーーーッ!!」
「2位、尻にネギを挿す」
「もっと嫌だーーーーーーーッ!!!ゲホッ、つかそれホントに治るのかーーー!!?」
「1位・・・・・・」

ツナの絶叫を尻目にフゥ太が続けようとした、その時。

バタン!

ドアから無遠慮な音を立てて、リボーンが部屋に入ってくる。

「リボーン!帰って来・・・だあああっ!!」

と同時に、フゥ太の集中がきれたのか無重力状態がいきなり止んだ。
重力にしたがってツナは元居たベッドにたたきつけられる。

「ちゃおっス」

程よく汚くなった部屋には目もくれないリボーン。
一方はベッドに力なく横たわっているツナだ。
フゥ太は一心不乱にでかい本に今回のランキングの結果を書き込んでいる。

「どうだ、治ったか?」
「・・・ゲホゲホッ・・・そんなに早く治るかっ・・・・!全く誰のせいで・・!!」
「精神力がねーテメーが悪い」
「・・・・ううう・・・・・・・」
「そういえばどこ行ってたの?」
「たいした用事じゃねーぞ」

記入が終わったのか唸るツナに濡れタオルを乗せ直してあげながら、フゥ太がリボーンに尋ねる。
どうということではないように、リボーンが返す。

「部下どもにツナの風邪を治すように命じてきた」
「リボーンっ!!何か今のショック(?)でそれはもうウソのように風邪が治ったよ!!!!ほらほら元気ゲホゲホゲホ」
「ツナ兄ーーー!安静にしてなきゃ!!」

体中に危機を感じて立ち上がり、健康アピールをしたが逆効果だったらしい。
慌てているフゥ太の向こうにニヤリと笑うリボーンが見えた。

「ツナ、無理はいかんぞ無理は」
「昨日一世一代の無理させたのはどこのどいづでッ・・・・・ゲホガホッ」
「死んじゃうの!?ツナ兄死んじゃうの!!?」
「死ぬかって・・・・!!!いやもうすぐ死ぬかもしんない・・・けど・・・・・・・・!」

ちょっとこのパターンはやばい。
リボーンが部下を招集して作戦を実行した場合、ほぼ確実にツナが迷惑をこうむることになるからだ。
熱やせきやのどの痛みで弱ったツナがツッコミきれるかどうか。
最悪、ビアンキが乱入すれば獄寺あたりが倒れてベッドが足りなくなるだろう。
必死に頭の中で今までのパターンをシュミレートするツナ。
そうするとどうも、風邪が治る確率なんて、皆無に程近い。

「・・・・・・リボーン、フゥ太、俺寝るからっ・・・」
「そ、そうだよツナ兄、よい風邪の治し方の8位はとりあえず寝ることだったんだ!」
「それはいいがな、ツナ」

リボーンが笑顔のまま言ってくる。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッバタァン!!!

「ツナーーー、大丈夫か?」
「10代目ーーーーー!!御加減はいかがですかあああぁぁぁ!!!?」
「寝れるか?」
「・・・・・無理・・・・・・・・・・・」

けたたましい足音にものすごく嫌な予感はしていたのだが。
どたどた部屋の中に入ってきた山本。
特攻でもするかのように部屋に躍り出てきた獄寺。
揃いも揃って普通にツナの頭にぐわんぐわん響く。

「あああああ・・・・ケホ、眩暈してきた・・・」
「10代目ぇぇ!吹雪の中パンツ一丁で川に飛び込んで氷の芸術になった挙句湯の張ってない浴槽にダイヴして粉々になるところだったっ
て本当ですか!!!?それでこじらせた風邪で高熱を出し苦しんでいると・・・・・!!!」
「・・・何かオレが勝手にアホやらかして自業自得みたいな説明するなよリボーン・・・・・」
「いいだろ。ほぼ本当だぞ」

リボーンが言ってのけるのも聞かず獄寺は嘆いている。

「10代目、そんな大冒険チックな事をする程追い詰められていたんですか・・・!?一言オレに相談してくれれば・・・・!!」
「落ち着いて獄寺君・・・・・・ゲホッ、た、確かに追い詰められてたような気はするけど・・・」

追い詰めていたのはそこいらで医者のコスプレを始めている赤ん坊だと、言う前に。
ツナの眼前に迫っていた獄寺が横に吹っ飛んだ。
山本が押したらしい。

「ツナ、大丈夫だったか?うわ言のように俺らの名前を繰り返してたって本当か!?」
「あ・・・ああ、頭痛が・・・・頭痛が痛い・・・・・・・!リボーンンンンンン・・・・!!」
「こー言えば早く来るだろ」
「だぁコラファイナルウェポンオブエロ!!!十代目が苦しんでおられるだろーがっ!!!黙ってろ喧しい!!!」
「・・・・・おめーもじゅーぶん喧しいんじゃねーか、獄寺」
「・・・・・・・あああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「ツナ兄が死んじゃうーーーーー!!」

ベッドの中で頭を抱えてグロッキーになるツナ。
熱に頭痛のダメージに加え、疲労と至近距離の絶叫で限界がきたらしい。
ツナの熱の高さを考えると今までこうならなかったのが幸いのような気もするが。
半眼になって突っ込みを入れながら、山本は獄寺の襟を引っつかんでツナから遠ざける。
そこに、しっかり聴診器まで用意した医者ルックのリボーンがザザッと躍り出た。

「今までの騒ぎは置いとくぞ」
「お、置いとくなって・・・・・・・!!」
「ツナ兄ーー!しゃべっちゃダメだ!!」

譲れないツッコミ魂でフゥ太に泣かれながらも突っ込んだツナだったが、リボーンは普通に無視してくれた。
リボーンが続ける。

「お前らに課せられた使命は理解しているな?」
「十代目の御風邪を治すことですっ!!」
「ツナを元気にすることだろ?」
「そ・・・そんなに簡単に治るかッ・・・・・・・・!」
「ツナ兄ーーーーー!!」

なおも命を削って突っ込むが、お約束なまでに無反応。

「分かってんなら、ツナをいたわってやれ。悪化させたら命はねーからな」
(え?)

医者のつもりか、めがねをクイイッと上げながらのリボーンの言葉に、ツナはふと違和感を覚える。
威勢よく返事をする部下たちを見て、フゥ太がどこか安心したような顔をした。

「よかったねツナ兄、みんなツナ兄のために一生懸命だよー」
「・・・・・う、うん・・・・・・」
「でもツナ兄は僕が治したいんだけどなぁ」
「へ・・・へぇ〜・・・・・?」

ちょっと目が本気だったフゥ太には適当に返しながら。
リボーンの言葉を反芻する。
『ツナをいたわってやれ』

(リボーンが、オレを心配?・・・・・・そんなわけ無いよな・・・・・・)










 

 

















 

 

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