“キミとすれ違っていたら
咲かない花もあったろう”
グラウンドに出る。
幸い、もう昼休みは終わっていて、次の授業の準備をしている様子もない。
ツナは上がった息を整えると、自分の横を見た。
横に立つのは、息一つ乱していない、山本。
その表情はどこか悪い冗談を聞いた時のような感があったが
薄ら笑いを浮かべる唇は
これから始まるスリルに少なからず期待しているものである。
「・・・・・・・・・・・・本気かよ、ツナ?」
改めて聞く。
「本気だよ。これしか方法が思いつかなかったから」
こちらも改めて答える。
ごそり
慣れない重みのあるポケットから取り出した、手榴弾。
リボーンにいわれたとおり、消火器のピンのような、安全装置とやらに手をかける。
手が震えた。
「ありがとう、山本。巻き込んでゴメンね」
「何言ってんだ。ファミリーなんだろ?お前と、俺と、」
力一杯引っこ抜くと、安全装置が外れる。
遠投で15メートル、いくかいかないかのこの腕で、
力一杯放り投げた。
「あと、獄寺もな」
おまけのように付け足されたセリフの一瞬後
二度目の爆発音が轟いた。
たいせつなひと
獄寺は、まだ反抗という反抗もしていなかった。
不自然に感じるほど静かだが、
教師たちを睨みつけることだけは忘れていない。
「証拠はあるのかね?」
校長の口から発せられた言葉に、半ばいらいらしたような口調で、教師たちは答えた。
「何を言ってるんですか。あの獄寺ですぞ?」
「ほら、少し前、爆発物でグラウンドをめちゃくちゃにしたではないですか」
「ん?それをやったのは沢村とかいう一年生では・・・」
「そいつは沢田でしょう、校長」
「獄寺といつもつるんでる劣等生ですよ。覚えてらっしゃらないのですか?」
獄寺の拳がピクリと動いたが、教師たちには気付かれなかった。
目だけは更に一層敵意が宿る。
教師の一人が、痺れを切らしたように言った。
「持ち物を検査しましょう。ライターが見つかったらそれが証拠です」
「そうだな。よし獄寺、ポケットの中身を・・・・・・・」
バシッ!
「な・・・・・・!」
反射的に。獄寺は現れた教師の手を思い切り叩き返した。
「やってねぇっつってんだろ」
驚愕する教師に、底冷えするような声で告げる。
限界だった。
「ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇら」
ツナと過ごす時間のため、部下としての使命を全うするためにも、
獄寺は下手な抵抗をして退学になりたくなかった。
「人が大人しくしてりゃぁいい気になりやがって」
だが
この男たちは執拗に疑うことに飽き足らず、ツナを劣等生と呼んだ。
ファミリーに対する、侮辱だ。
「果てろ」
「何だと!?」
そう言い、獄寺は服の中に隠し持つライターとタバコ、そしてダイナマイトにも手をかけた。
が。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!!
聞こえた爆音にその手が止まる。
「「「「「!!!!?」」」」」
二度目の爆音の源は、またも、獄寺ではなかった。
衝撃に揺れる学校。
いや、揺すぶられるという方が適切かもしれない。
既に四時間目が始まった各教室も、混乱真っ只中である。
校長室も同様だった。
「何だ!?何なんだ今の爆発は!!!?」
「畜生、何て日だ今日は!!」
慌てて犯人を捜しに行こうとする教師たちを前に、獄寺は武器を握った手を元に戻した。
もう無実を訴える必要は無いと分かったからである。
期待通りの言葉を、爆発があってもあまり慌てた様子を見せない校長が、言ってくれた。
「彼がここにいるのに爆発が起こったということは、彼は犯人ではないのだね?」
「くっ・・・その通り・・・・・・・・ですな。どうやら犯人は別にいるらしい」
ばつが悪そうに吐き捨てる教師。獄寺はザマミロ、と軽く舌を出した。
それにしても、気になって仕方がない。
獄寺は黙って校長室から出て行こうとしながらも、考えていた。
一体、誰が二度も爆発を起こしたのか。
自分以外で爆薬を持ち歩いている生徒はいないはずである。だとしたら。
・・・・・・・・・・・・十代目を狙う敵かもしれない・・・・・・・・!
そう考え、そういえば自分が今の今まで十代目のそばにいなかったことに気付く。
まずい。のん気にしている場合じゃない。二度目の爆発の標的が、十代目じゃない保障はどこにある?
軽く舌打ちする。いてもたってもいられなかった。
校長室のドアに手をかける。
力を込めようとすると、向こう側から誰かが開けたらしく、ドアは勝手に開いた。
「十代目・・・・・・・・・・・・・・!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・獄寺君」
目の前に立つその人。
獄寺の胸に無事でよかったという安堵と、なぜこんな所に、という疑問が同時に生まれ、
そして、一度は自分の名前をつぶやいた彼に目をそらされて、心と体が固まった。
「さあ入れ、沢田」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
ツナは教師の一人に乱暴に腕を引かれて校長室に入る。腕を取るのは二度目の爆発騒ぎでどこかへ行っていた教師である。
そっちの方を獄寺が振り向いた。視線で彼が世界で一番大切な人の姿を信じられない気持ちで追う。なぜ十代目がこんな扱いを受けているんだ。
校長と向き合ったツナの表情は、いつもの、球技などでヘマをした後のしゅんとした表情に近かったが、目線は下に向いていない。
ツナが小さな口を開いた。
「俺がやりました。二回の爆発、どっちも。証拠もあります」
獄寺は、自分の体が熱くなるのを感じた。
何を言ってるんです断じてそんなわけがありません第一あなたは俺と一緒にいたじゃないですか
そんなことを叫ぼうとした瞬間、腕を強く引かれて、獄寺は校長室から廊下に引っ張り出された。
あまりに強く引っ張られたせいで体制が崩れるが、それでも視線はツナから離さない。
「コレが証拠の爆薬です」
ツナがそう言って懐からダイナマイトを取り出し、心底から驚愕する。あれは自分が愛用しているものだ。いつの間に。どういうことだ。
ガチャッ
そこで扉が閉じられた。
「大丈夫か、獄寺」
聞こえた声と掴まれた腕の方を見上げると、彼を心配そうに見下ろす山本がいる。
「ふざけっ・・・んっ・・・・・・・!!!」
「大声出すな。今ツナががんばってんだから」
獄寺が再び叫ぼうとすると、大きな手で口を覆われる。そのまま強引に歩き出す。徐々に校長室から離される。
獄寺には何が何だか分からなかった。
ツナが自分を無視したことも、ツナが爆破の犯人だと自白したことも、助けようとすると止めてくる山本も、なぜこんな状況になっているかも。
今の獄寺には、ただはっきりと、ツナをどうにかして連れ戻したいという荒っぽい感情しかない。
校長室からだいぶ離れた所、人気のない階段の裏で、やっと山本が口だけを開放する。
腕は掴んだまま。
獄寺の体が勝手に校長室に走ろうとするからだ。
「ふざけんな!!!!畜生・・・・ふざけんな!!!!!!!何なんだてめぇは!!!」
「落ち着けって、獄寺」
「うるせぇ離せ!!どうして十代目が、どうして、十代目は何であんな顔してんだよ!!!!?十代目が犯人!!?ふざけんな!!!!!!ああ、
畜生!!!!!!」
今なら50人くらい殺しそうな形相の獄寺をなだめるように山本が言う。
「ツナがお前を助けようとしてやったことだ」
「!!!?」
瞬時に。獄寺の険が消える。
「お前をどうしても助けたくて、あいつなりに考えたらしいぜ。で、犯人捕まえらんないし、証言しても信じてもらえないだろうから、お前の、身代わりに
なるって。お前を解放するためなら、俺が少しくらいまずいことになってもいい、ってさ。グラウンドで爆発騒ぎ起こしてわざと捕まったんだ」
「十代目が・・・・・・・・・・・・・・・・!?そんな」
「だから、落ち着け。今校長室に殴りこんだらお前また退学候補になっちまうだろ。ツナのやったこと全部無駄にするつもりかよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
言葉にならなかった。ツナが、大切な人が、自分を助けるために必死だったことを知って。それを、自分は無駄にしようとしていたと理解して。
力が感じられない獄寺の腕を、山本が離す。
正直、山本はうらやましく思っていた。これほどツナに思われている獄寺を。
まあそれどころじゃないか、と自分の心に区切りをつけて、再び口を開く。
「あと、ツナから伝言。ていうか、命令だけど」
獄寺が伏せていた顔をばっと上げる。苦笑して、山本は続けた。
「犯人分かってるから、捕まえろってさ」
胸をくすぐる想い出と風を
大きく吸い込み
駆け出してゆく
会いたくて
会いたくて
久しぶりに入った校長室は、前よりいくばくか深刻な雰囲気のような気がする。
そりゃそうだよな爆弾魔がいるんだから。
ツナは他人事のように考えて、胸中でため息をついた。意外と落ち着いているなぁ、俺。
その理由も、自分で分かっていた。
確かに、彼は見た。獄寺がここから出るのを。
彼が助けたかった人が、無事にここを出たのだ。
今度は自分が退学のピンチだというのに、妙な安堵感がある。
「それにしても、お前がやるとはな」
教師の一人が、ツナを睨みつけて言う。生活指導の先生。ツナが嫌いなタイプだ。
「ごめんなさい」
反省したように、顔を多少伏せてつぶやく。
「しかもダイナマイトときたか。どこで手に入れた?」
「え、えと」
返事をためらう。少ないと自称できるボキャブラリー。
「・・・・・・・・・・・・・商店街の裏通りで、外人が売ってました」
とっさの嘘が通用したかどうか。獄寺君から輸入元聞いときゃ良かったかな、とどうでもいいことを考える。
とまれ、教師は納得したらしい。
「何でやった?二回目はともかく、一回目は壁に穴まであけて」
来た。この質問への答えは一番自信がある。
「もう、何やっても上手くいかないから、学校が無くなればいいな、って思って」
自信があるのも情けない話だが。
ううむ、と教師たちが唸る。処分を考えているのか、それとも嫌に素直なツナの態度が腑に落ちないのか。ツナにはどちらか分からない。
ただ処分の対象を獄寺から自分に変わるのを祈るばかりである。
とそこで、今まで黙っていた校長が口を開いた。
「田沢君だったかね」
「・・・・・・・・・・・・・・沢田です」
ツナは訂正した。案外穏やかな校長の姿勢に軽く驚きながらも。
そういえば、この『物忘れが激しい校長先生』は、彼が前に退学されそうになった時も、その場を穏やかにしようとしていたような・・・・・・・・・
「君はさっきの子と仲が良かったね?」
ドキリ、心臓が跳ねた。
さっきの子とは無論、獄寺のことである。
ばれたのか。彼の身代わりになろうとしたことが。