獄寺隼人は13歳になった。
背もそれなりに伸び、少し痩せてはいたが力があった。
いつも眉間に皺を寄せて、背中を少し曲げて歩いている。
若干13歳で、人間爆撃機として恐れられるようになっていた。
昔の姿とは似ても似つかない。
戦場ではいつも一箱近くのタバコに火をつけて、どす黒い煙を肺一杯に吸い込みながら、
敵を愛用のダイナマイトで木っ端微塵に吹き飛ばしていた。
一般的な銃とは違ってあまりスマートな方法とはいえない。
隼人は誰かにこう聞かれたことがある。
スモーキン・ボム、お前は長生きしたくねぇのか。
答えは躊躇わなかった。
別に。
死ぬ理由もなかったが、これといって生に執着する理由もない。
隼人にとって、世の中、世界は、割とどうでもよかった。
目的なんてものはない。
夢なんてものも持ち合わせていない。
あまり人を信じるということをしなくなっていたから、人との付き合いは警戒をもって成していた。
他人ために一生懸命になれなくなったから、誰かのために生きたいとも思わなかった。
彼にとっての他人は、彼を恐れるか、邪険な目で扱うか、彼を殺そうとするか、そのどれかであることが多いのだ。
好意を寄せられても、信じることは出来なかった。
ある日、隼人は日本に呼び出された。
リボーンという男からの要請だった。
彼はイタリアでも屈指のヒットマンである。
リボーン。あの大嫌いなビアンキが、彼に惚れているのを思い出し、気分が悪くなって、獄寺は日本行きの飛行機の中で眉をひそめた。
持たされた書類に目を通しながら、ぼうっとそのことを考える。
数ヶ月前、獄寺の部屋をビアンキが訪ねてきた。
もちろん隼人は玄関のドアを閉めて思いっきり拒絶した。
またなの、隼人。お年頃だからしょうがないわね。
違う、そんなんじゃない、ドアの向うで勢いよく首を横に振った。
そんな隼人の様子を察することもなく、ビアンキは続けた。
好きな人は出来た?
隼人は、扉をドンと叩いた。早く帰れ。そう込めて。
ビアンキは聞いちゃいなかったが。
まだなのね?・・・そう、残念だわ。
隼人、早く好きな人を見つけなさい。そしてその人に一生懸命尽くすの。
ねぇ隼人、やっぱり愛って偉大よ。大事なのは愛。愛を知れば世界は変わるわ。
だって、愛する人と二人だけの世界になれるんだもの。
あなたには幸せになって欲しいの。
うっとりと語るビアンキは、至上の幸せに浸っているようであった。
ずっと前、彼氏と険悪になっていた頃とは大違いだ。あの頃は愛は人を狂わせると恨みがましい声で言っていたものだ。
反乱を起こしそうになる腹を押さえながら、隼人は小さく分かったと呟いた。
それだけで満足したらしく、ビアンキは帰っていった。
確かあの時のビアンキの彼氏がリボーンだ。
思い出してみて、ため息をつく。
どうでもいいことだった。
呼び出しの内容は、ボンゴレファミリーの新たなる十代目候補に会うこと。そしてある程度・・・実力を視ること。
その十代目候補の名は沢田綱吉。
隼人と同い年の日本人だ。
書類の一説を見て、隼人は驚愕した。隼人は彼の部下になる予定だという。
書類に同封されていた顔写真を見れば、大きな目に、子供らしい顔の少年が、微妙にいやそうな顔で写真に撮られていた。
柔らかな輪郭が、どうにも可愛いと形容できるもので、細い首は体が写ってなくとも十分その少年が華奢であることを示していた。
少なくとも、自分ひとりにも勝てそうにないその少年。
部下はボスのために命を捧げる。
マフィアはそういうものだ。
書類をくしゃりと握った。
畜生、こんなヤワな人間の下に俺をつけて、どうしろってんだ。
獄寺は分からなかった。
日本の地で沢田綱吉の家庭教師をしている、リボーンの意図が。
日本に着いて、その十代目候補とやらの姿を視察しても、隼人の思いは消えなかった。
隼人は沢田綱吉のバレーの試合を見ている。
バレーの試合で参考になるかは微妙だが、とりあえず使えないやつだということはわかった。
外見とは裏腹に綱吉は十代目候補せしめる何かを持っているのではと、隼人は心密かに期待したのであったが。
実際は写真で見るよりダメそうだった。
綱吉がボールをとり損ねるのは10回に終わらない。
サーブすら失敗する始末。
そのたびに声が飛ぶのだ。
どうしたーツナーーー!!
やっぱりダメツナかーーーーー!!!
拍子抜けするにも程がある。
むしろ、隼人の想像していたよりも未来の自分のボスは頼りなかった。
学校という平和な世界で沢田綱吉は間違いなく下の位置にいる。
そんなヤツに、ボンゴレファミリーのボス、すなわちイタリア裏社会を統べる男など、到底無理だ。
隼人はそう思った。だから確かめることにした。
隼人をここに呼んだ理由を、最強のヒットマン、リボーンに問いただすのだ。
ちゃおっス。
体育館の2階でそう決心したのもつかの間、声がかかった。
じろり、視線を向けると、赤ん坊・・・・・・訂正、リボーンが立っていた。
姿はまるっきり幼児だが、気配も足音も感じさせずに隼人の背後をとったことを考えると、侮れない。
それ以前にリボーンは隼人にとって尊敬に値する地位を持っていた。
隼人はタバコを落とし、踏みにじって消した。
お久しぶりです、リボーンさん。獄寺隼人っス。
もう来てたのか、獄寺。早かったな。
ええ、あんなこと書かれりゃあ・・・嫌でも気になります。
流石に日本語が達者だな。
リボーンはどうにも関係のなさそうなことを言った。
さりげなく話題を転換されて隼人が眉間の皺を深くする。
リボーンが背後から何枚か紙を取り出した。
追加の書類だ。
獄寺は屈んでそれを受け取った。
リボーンを視線を合わせたかったので、ヤンキー座りのまま書類に目を通す。
結果、隼人の眉間の皺は一層ひどくなった。
・・・・・・・・・・・・・・何スか、これ。
日本語を読むのは苦手だったか?それは転入届だ。この学校のな。
そーじゃねー。何で俺が転入するんスか!?最初の書類には視察と・・・
書いてあっただろ。お前はツナの部下1号になる。部下は主を護るモンだ。
勝手に決めないでください。俺は俺の認めたやつのためにしか動きません。
ツナでは不満か?
はい。
じゃあ戦って確かめてみるか?
聞こえてきたその答えに隼人は書類から顔を上げた。
リボーンを見やるが、小さな殺し屋の表情は穏やかなままであった。
いいんスか、戦っても。俺の戦い方知ってますよね?
まあな。だがツナもお前に殺されるくらいならこの先長くはないだろう。
・・・・・・・・・馬鹿にしてんのか?
褒めてるぞ。お前にとってもいい話だろ。実戦は一番実力が分かる。
嫌に自身がありますね・・・・そんなに強いんですか、十代目候補は。
それを確かめるのはお前自身だ。
かっこよくそれだけ言うとリボーンはどこかに去っていった。
隼人はしばらくリボーンの言葉に呆然とした。
立ち上がって再びタバコに火をつけ、体育館の2階、一人になって体育館を見下ろした。
十代目候補沢田綱吉は相変わらず失敗をして皆に責められていた。
広い体育館で、味方のかけるプレッシャーと相手のチームの攻撃に、
たった一人で耐えている。
なぜか獄寺は、小さい頃の自分を思い出した。
期待と優しさに言い出せず、ただ苦しみに耐えた自分を。
心が痛んだ。
どう工夫したって届かないボールを追いかけ、転ぶ綱吉を見て、タバコのフィルターを噛む。
何必死になってやってんだよ。
誰も助けちゃくれねーのに。
なんとも歯痒い。
ボンゴレ十代目候補は今まで3人の名が挙がり、3人とも抹殺されていた。
彼、沢田綱吉も・・・・・
いつか死ぬ。
イタリアンマフィアの抗争に巻き込まれ、その命に終焉を迎えるのだろう。
それもきっと楽な死に方じゃない。
今までの十代目候補ならともかく、彼はリボーンと関わってしまった。さらに書類によるとボンゴレの秘密兵器・死ぬ気弾を何発か被弾していた。
これだけ重要な秘密を身に秘めていたらどうなるか。
拷問は免れまい。
延々と続く痛みの辛さは隼人は痛いほど分かっている。
とくん、と。
何だか分からないが心臓が音を立て、はっとして頭を振った。
そうだ、それならなおさら認められねぇ・・・
いつか死ぬ、綱吉の部下になるのは嫌だった。
そんな男に命などかけられない。
いつか死ぬということは、存在が裏切られるということ。
信じているのに裏切られるのは、怖い。
もうたくさんだ。
だからこそ自分のボスとなる者は、そんな運命すら跳ね除けるほど、
強くあって欲しかった。
結局、リボーンの言葉通り獄寺隼人と沢田綱吉は戦うこととなった。
戦いの立会人はリボーンがなった。
それには隼人は少しがっかりした。目の前ビクビクしている十代目候補の本当の実力を視てみたかったからだ。
だがまあ、仕方がない。この十代目候補には死ぬ気弾しか頼るものがないのだろう。
そう解釈することにした。
白昼の、しかも授業中であるが、構わず隼人はダイナマイトを取り出す。
ツナは真っ青になり怯えた様子でリボーンと隼人を見比べている。
俺が勝てば十代目内定というのは本当だろうな。
隼人はツナやリボーンににわざと敵対するような態度をとった。
これはリボーンが提案したちょっとした嘘。ツナに本気を出させるためだ、と言っていた。
隼人にとって方法はどうでもよかった。ただツナの実力が視れれば、それで良い。
しかし、ツナの方は大仰な声を上げてばっかりで、戦おうという姿勢は見せなかった。
隼人はいらだった。
目の前の少年がマジで自分のボスになるのか。
ありえない。そんな心境を持てばそれは自然と眉間に現れた。ツナが涙目になる。
イタリアの地で一人戦い抜いてきた隼人にとって、
ツナの怯えはただの弱々しさの象徴でしかない。
こんな臆病なやつをどうしてボスとして認められよう?
じゃ、殺し再開な。
リボーンの声が聞こえるのと同時、
いつものように箱からごっそりタバコを咥え、いつものように最大火力のライターで火をつけた。
戦場での彼の呼吸はタバコの煙。
BGMは爆音と導火線の焼ける音。
そして両手いっぱいに抱えるのは、ダイナマイトと決まっていた。
飛来した爆薬。
さあどうする。隼人は視線でツナを追う。
十代目候補の真価が試される時だ。
選択肢は二つ・・・・・・・・・ダイナマイトをどうにかして反撃するか、ただ逃げるか。
隼人は、できるならば、沢田綱吉は自分に反撃して欲しかった。
そして自分を屈服させるほどに、実力を示して欲しかった。
そうすれば隼人は、沢田綱吉、未来のボスに自分の命を預けることが出来る。
隼人は今まで自分自身に命を預けてきた。
人を信じないから自分の力だけを頼りにしてきた。
助けてくれる人は、手を差し伸べてくれる人はいなかったから、ずっと一人で。
護るものもなく破壊を続けてきた。
沢田綱吉が、隼人がボスと認めるようなヤツでなければ、
隼人はまた一人になる。
世界でたった一人になる。
てめぇもボス候補ならどうにかして見せろ!隼人は胸中叫んだ。
果てろ
呟きながら祈る。
選択肢は二つ・・・・・・・・・ダイナマイトをどうにかして反撃するか、ただ逃げるか。
ツナはダイナマイトに悲鳴を上げて、
逃げた。
ツナは逃げた。
隼人から逃げた。背中を向け、声を上げて。
一瞬遅れに炸裂する数本のダイナマイト。ツナがいた場所をキレイにえぐり、空気を震わせる。
その耳に慣れた爆音をはるか遠くのことのように隼人は感じていた。
視線が、十代目候補、そして自分のボス候補、沢田綱吉から離れない。
ツナは隼人に立ち向かうことを最初から選択肢に入れていないようだった。
校舎があって行き止まりの方向へ、がむしゃらに逃げていくツナを目で追って、
隼人はまた何かを諦めた。
隼人の中で、沢田綱吉はボスとして認められなかった。
彼は新しいダイナマイトを構えた。
わずかな期待の後に生まれた諦めは、違う感情を呼んでいた。
失望した。
そして腹の奥から苛立ちと憤りに似た感情が這い上がってくる。
殺そう。
そう思った。
ダイナマイトをばら撒いて上手く誘導させ、ツナを袋小路に追い詰めた。
ツナが何か言い泣きながら隼人に向き直る。焦りは冷や汗となって流れていた。
そんなツナを、隼人は殺そうと思った。
殺しをするのは初めてではなかった。
遥かイタリアの地での戦いのさなか、隼人は何人もの敵対者を爆薬でバラバラに解体してきたから、ツナを殺すのもあまり抵抗がなかった。
ツナを殺した場合きっとリボーンの弾丸が隼人を貫くだろうが、別に構わなかった。
ここで死んだって別に・・・
ただ、裏切られた気持ちだった。
ツナが認められるような人間なら命を預けようと、隼人は本気で思っていた。
結果彼はただの弱々しい少年で、認めるにも及ばない。
それでも彼は十代目候補。命を狙われる存在。その上リボーンの様子からすると、隼人をどうあっても沢田綱吉の下につける気だ。
いつか殺されるボスを持つくらいなら、
ツナがマフィアになるうえの苦痛を受けるくらいなら、
ツナが、自分のボスが、拷問の末ファミリーの秘密を吐かされて殺されたりするくらいなら。
今ひとおもいに殺してしまおう。そう、思った。
隼人にとってツナはもう無用の人間であった。
両手いっぱいにダイナマイトを構える。これだけの量なら跡形も残らない。即死だ。
苦しませずに逝かせてやろう。
後ろにはリボーンがいて、暴走し出した隼人に銃口を向けているに違いない。
導火線に火をつけた。ためらうことなくダイナマイトを放り投げる。
この場合の選択肢は・・・・・・・・ツナが隼人に殺されるか、それより早くリボーンが隼人を殺すか。
隼人は自嘲した。
まるで自分が殺されたがっているようではないか。
終わりだ。
隼人は選択の時を待った。
ズギュゥン!!!
程無くして銃声が響く。
だが、最強のヒットマンが放った弾丸は隼人に向けられたものではなかった。
隼人の目の前でそれはツナの体を貫いた。予想外だった。考えていた選択肢にはない。
そして思い出す。死ぬ気弾という秘密兵器の存在を。
リ・ボーン!!!死ぬ気で消火活動ーーーーーー!!!!
あっという間だった。
死ぬ気弾の恩恵を受けた体は、何か叫んで空中に舞い散るダイナマイトの火を素手で握り消してゆく。
無駄も隙もない別人のような動きだった。
隼人の中で何かがドクンと疼く。
それは最初にツナと戦った時の期待とは少し似ていて、違う。戦士の持つ独特の感情、闘争心だ。
手元の爆薬を更に増やした。隼人も、がむしゃらだった。彼を試すなんてことは忘れていた。
投げても投げても火は片端から消されていった。
一つ選択肢が増える。
隼人がダイナマイトを消しきれないほど投げて勝つか、リボーンが更に手出しをするか、
ツナがダイナマイトをすべて無力化し隼人を倒すか。
消す消す消す消す消す消す消す消す消すーーーーーーー!!!
ツナは叫びながら消し続けた。ツナの足元にいくつものダイナマイトが散らばる。
こうなったら数で勝つ。隼人はありったけのダイナマイトを取り出した。
刹那。
一本のダイナマイトが指から零れ落ちた。
あとは一瞬だった。止めるまでもなくダイナマイトは隼人の手から逃れていった。隼人の気持ち、勝利、命、そんなものをすべて否定するかのように。
隼人は自分自身に命を預けてきた。
人を信じないから自分の力だけを頼りにしてきた。
それが、何たる失態か。自爆をもって死を迎える。自分の力すら、生きていくには足りなかったのだ。
足元に散らばるダイナマイト。導火線が短くなってゆく。隼人の目は、その光景をじっと見ていた。
そして終わりを確信する。
死ぬことは嫌ではない。怖くなんてない。ただ、未練が無さ過ぎることが、悲しかった。
何故か昔のことばかり思い出す。
6歳くらいからか、生きていることをあまり幸せに感じなくなったのは。
ジ・エンド・オブ俺・・・
導火線が焼ける音を聞きながら、隼人は最後に何もかもを諦めた。
その時、何故だか、大嫌いなビアンキの言葉が、
頭に酷く鮮明に響いた。
愛を知れば世界は変わるわ。
だって、愛する人と二人だけの世界になれるんだもの。
消す消す消す消す消す消す消す消す!!
聞こえてきた声。意識が現実に舞い戻る。
隼人が別れを告げたはずだった世界を見つめたら、信じられないことが起こっていた。
ツナが、隼人の周りのダイナマイトを、必死に消火しているではないか。
隼人の目が見開かれる。口から無意識のうちにタバコが落ちた。
隼人はツナを殺そうとしていた。
なのに。
それなのに。
ツナは隼人の命を救おうとしている。
隼人のダイナマイトをどうにかして、隼人を助けようとしている。
胸がいっぱいになった。
ずっと、ずっと感じたことのなかった感情がこみ上げてきた。
その激しい感情を、どう表現できただろう。
もし、隼人が小さい頃、クッキーの苦痛を誰にも言わず泣いていた時、
隼人の苦しみに気づいてくれる人がいたら、
その手を差し伸べてくれたなら、
その人にそんな感情を持ったであろう。そう思う。
隼人は賢かった。だから気づいた。
この感情は愛。
いや、それよりも、遥かに強い・・・・・・・・・
ダイナマイトの火が一つ、また一つと握り消されるたびに、この世界が美しくなっていくように感じる。
この世界はもう、隼人一人ではなくなるのだ。
たすかった〜〜〜!
言いながら、目の前の十代目候補が息を吐いた。
十代目沢田綱吉は命を狙われている。いつか死ぬ。きっとそう遠くはない。
それを恐れてどうするんだ。
十代目が死なないように、どこにも逝ってしまわないように、
俺が護ればいいじゃないか。
そして隼人は地に両手をつく。
自分を助けてくれたその人のために、生きようと決めたのだ。
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