棒倒しその後

 




波乱だらけの棒倒しが終わって、20分ほど経った。
校庭では先程までとは言わずとも、熱い声援。まだまだ体育祭は続いている。
メイン競技・棒倒しは午後の部一番最初に行われた。
昔は棒倒しは代表リレーも終わって最後の最後、それこそトリの役目を持っていた競技なのだが、
それ故生徒が張り切りすぎて怪我人が続出したため、午後の競技の最初に持ってきているらしい(と、ツナは山本から聞いた。
今は借り物競争か綱引きが行われているころだろうか。
校庭から聞こえてくる声に、ツナはひっそりとため息をついた。

「もう校庭には戻れないよ・・・・・・・」

空は天晴れともいえる秋晴れなのに、ツナがいるのは湿った土の体育館裏。
ツナは日陰になった所に一人、膝を抱えて座っていた。
表情は暗そのもの。足元を懸命に走る蟻を力ない視線で捕らえては、また何度目かもわからぬため息を吐く。
B組の大将を闇討ちしたのも、もちろんそれを命令したのもツナではなく。
C組の大将をブッ飛ばしたのはA組の暴走組2名で、ツナの指示などではなく。
生徒に毒も盛っちゃいないし、結局は棒倒しで負けたからA組の人にも余計なことをしたって恨まれてるし。
他の組とは、目が合えば即行フクロにされるだろうし。
俺は何もしてないのに。
全校生徒に嫌われたのかもしれない・・・・・・・・・・・
そう思うとこれからの学校生活や友人関係・・・・京子ちゃんも・・・・・・・
涙がじわっとにじんできて、ツナは足を抱える腕に顔をうずめた。

「リボーンのばか・・・・」

本人に聞かれたらまずいような言葉ではあったが、そう呟かずにはいられない。
何が楽しくて自分を嫌われ者に仕立て上げようとしているのか。
仕舞いには自ら敵の格好をして「ヘボヤロー」と罵る始末。

「あのコスプレ幼児・・・・・・更に学校居づらくなったじゃんかぁ・・・・」

その辺の草をプチ、とむしってみても、虚しくなるばかりである。

(午後はもう出る競技ないし・・・このまま帰ろうかな)

校庭に戻ったところで、居場所がないのはわかりきったことである。
Dr.シャマルに怪我の手当てはしてもらったが、体中が痛い。
仮にも総大将になった身で逃げるのはどうかとも思ったが、閉会式に送られるであろうブーイングの嵐に耐え切れる自身はない。
帰ってきた母さんになんて言おう?そう考えた、直後であった。

・・・・ダダダダダダダダダダ・・・・・・

足音が聞こえる。しかも、こちらに近づいてくるものが。
ツナはなんだか本能的に身の危険を感じて顔を上げる。足音に聞き覚えも何もないが、ただこんな状況はしょっちゅうな気がした。
自分を追いかけてくる足音・・・・・・・・・・・・・・・

ダダダダダダダダダダダダダダザザァッ!!!!

「じゅーーーーだいめーーーーーーーーーー!!!!」
「ツナ!!」
「やっぱりぃぃぃいぃぃぃぃいぃぃいぃぃ!!!!」

じめじめした体育館裏にすら土煙をあげて登場した部下2人に、初っ端から逃げ出したいツナであった。
獄寺は眉間チャージ全開の険しい、丁度入ファミリー試験時を彷彿とさせるような怖い顔で。
対する山本は余裕のある、しかし相手には決して譲らないいわゆる黒い笑みを浮かべて。
同時に言った。

「十代目!!            ください!!!」
       俺と一緒にゴールして
「ツナ!!             くれ!!!」

「・・・・は?」

見事にかぶった多重音声の部分はいいとして、鮮明に聞こえた『一緒にゴールして』の部分に疑問符を浮かべるツナ。
短く聞き返すと、2人が妙な勢いでまくし立ててくる。

「借り物競争であっ十代目をモノ扱いしようなんて微塵にも思っていませんが」
「なんかモノによっては借り人競争になるんだけどよ」
「ともかくこの現代科学では解明できない謎のフェロモン分泌してるエロス的な野朗はほっといていいですから!」
「とにかくこのツナも周りも前髪のせいで横も微妙に見えてないダイナマ伊藤は相手にしなくていいから!」
「俺と一緒にゴールテープを切ってください!!!」
「俺と一緒にゴールテープまで走ってくれ!!!」
「体育館裏まで俺を探しに来た時点でゴールテープは望めないよ!!?」

とりあえず叫んではみる。おそらくこの2人が戻ってこないせいで借り物競争は停滞しているであろう。
一緒にゴール。それはツナにとって心苦しいものである。
今はみんなの前に出たくない。
決死たる形相の2人には悪いが、戻ってもらおう。ツナはそう思った。

「ゴメン、2人とも・・・」
「誰がダイナマ伊藤だゴルァ!!全然似てねー上に他誌だろがっ!!!」
「じゃあダイナマイト子か?てか謎のフェロモンって何だよ」
「聞けーーーーーー!!!」

すぐさま臨戦状態になる未成年喫煙者に、ツナは立ち上がって叫ぶ。
その声にハッとした獄寺は、隣でギラリーンと目を光らせた山本に気づかなかった。
山本は一瞬でツナの近くまで歩を進める。
にっこりと人のいい笑みを浮かべて、子供でも抱き上げるようにツナの体をひょいと持ち上げた。

「おー、軽ぃなツナはv」
「ひゃぁっ!!?」

声を上げてツナは山本の首にすがりつく。
慌ててバランスを崩しそうになるツナの背中に右手をやって、安定するように左手を・・・・

「な゛ーーーーーッ!!!十代目のケ・・・・ッ手ェ離さなねーと最初ッから89倍ボムあたり喰らわすぞ!!!!」
「多ッ!!」
「獄寺ぁー0は何倍しても0だぞ?」
「山本そうじゃなくーーー!!どこ触ってんだよホントにっ!!!」

ようはウサギを抱く格好である。右手はツナの背中。左手はツナの尻に。
普通に柔らけーなーなどとのたまう山本に、ツナは足をぱたくたさせて抵抗する。
ちなみに獄寺は『・・・・ッ』の辺りで鼻血を噴き出して大変なことになっていた。
そうこう言っている間に山本は走り出した。目指すはグラウンドのトラックである。

「獄寺、お先ーーーー」
「待ちやがらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

へらっと笑いながら山本はスピードを速める。山本の手は確かにツナを安定させたが、恥ずかしさも倍増させていた。
親友の体という特等席にしがみつきながら、ツナは焦る。真っ赤な顔して追いかけて来る獄寺もそうだが・・・・・・
このままでは抱っこされた姿を京子ちゃんどころか全校生徒&応援者に見られてしまう・・・・・・・!!

「やーまーーもーーーとーーーー!!俺が走るとスピード落ちるのは分かるけど・・・ッせめて体勢変えてよ!!」
「りょうかーい」
「う、わ!!?」

ガクンガクンゆすぶられながら訴えるツナに、山本は納得したようだった。
ツナの尻を上げさせる。首にかじりついていたツナは重力にしたがって、山本の背中に逆さに垂れ下がった。
一向にスピードを落さないまま、ツナの腰を神輿みたいにかついだ形になる。
むしろスピードは上がったかもしれない。

「俺は丸太かああああああああああ!!!?」
「はっはっはっは」
「嫌ーー笑ってないで降ろしてくれえええ!!怖いよーーーーーーーー!!」





















 


















結局山本と彼に担がれていたツナは5着でゴールした。
5着だった上、借り物のお題を書かれた紙を係員に見せたら思いっきり怪しい目で見られたが、山本は満足気であった。
にこやかに5等の旗を持ってきた山本に、ツナは息も絶え絶えに聞いてみる。

「つ・・・疲れた・・・・・一切走ってないのにすごく疲れた・・・・・・ところで山本、借り物のお題なんだったの・・・・・?」
「これ」

ピラリと差し出された紙には、鉛筆書きでぞんさいにこう書かれていた。

『好きなもの』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ちなみに係員にふざけているのと狂っているのとどっちですかって言われちまったゾ☆」
「うん・・・俺も今物扱いなコトと野球とかその他諸々差し置いて俺を取りにきたコトとどっちに突っ込もうか判断つかなかった」

でも一番突っ込むべきは何故そんなに誇らしげなのかということだろう。
山本の秋晴れの似合う爽やかな笑顔に、生気のない目でそう決定付けたツナであった。
一方の獄寺は6着、見事ビリ。
お題は『尊敬する人』であった。
山本にツナを奪われたせいで途方にくれた獄寺は、決死の覚悟でビアンキの隣でのほほんとしていたリボーンを奪取してきた。
腹痛に耐えつつ赤ん坊を連れて「俺の尊敬する人だ」と言った獄寺に、係員はもう諦めたように同情を込めて「合格です」と言った。
変な所で真面目な獄寺である。

「大丈夫か?獄寺」
「ほら、獄寺君・・・」
「すいません・・・・お気遣い痛み入ります・・・・・・」

トラックから離れた一画でハーハーと息を整える獄寺。ツナは母から水筒をもらってきて獄寺に飲ませる。
連れてこられたリボーンはいつの間にかA組ゼッケンをつけてその場に馴染んでいた。

「獄寺はビアンキの克服が必要だな」
「もー・・・無理言うなよ、リボーン」
「申し訳ございませんリボーンさん・・・情けないッス」
「その水、さっきビアンキが飲んでたぞ」
「ゴフッ!!!」

リボーンの一言に、獄寺は口に含んだ水を思いっきり噴いた。

「大丈夫獄寺君!?おいリボーン!!!」
「沢田あああああああああああああ!!!!!!」
「うっわあ!!!?」

突如、鼓膜が破れんばかりの絶叫。
振り返ってみると、トラックの方から笹川了平が突進してくる。
その勢いたるや猛牛の如し。
逃げる暇もなく顔を引きつらせたツナの、その一歩手前にズギャギャギャギャギャギャッとありえないブレーキ音を響かせた。

「どこに行っていた、沢田ツナ!!!探していたぞ!!!」
「は、はぁ・・・・すいません」

一言二言しゃべっただけでゴォォッと風圧を感じそうな了平の勢いに気おされつつ、ツナは曖昧な返事をした。
どこにいたかは知らんが、と了平は続ける。
余談ではあるが。

「・・・ツナの居場所知りたかったら獄寺についていけばいいのになー」
「そうだな」
「俺も借り物競争の時獄寺についてったらツナ見つけたし。なぁチビ、あいつツナに発信機でもつけてんの?」
「さあな。本能的なものだと思うぞ。ビアンキも居場所知らせなくても常に俺のいる場所分かるしな」
「へぇー。俺あいつの嗅覚かなんかが異常なのかと思ってた」
「獄寺の場合そうかもな」
「なー」

などと山本とリボーンがどうでもよさそうに話していた。
それはさておき、了平がギュッと拳を握り、ツナに詰め寄る。

「沢田!!」
「は、はい!?」
「お前を騎馬戦の代表選手に推薦した!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はいいいいいいいいいいいいいい!!!!?」

すぐには飲み込めず、数秒思考を停止させてから、ツナは絶望的な声を上げた。
了平のほうはそんなツナにもかまわず、しゃがんでいた山本と咳き込んでいる獄寺の方を見る。

「山本と赤いのも同様に推薦したぞ!!!!」
「え、俺も?」
「ゲホッ・・・赤いのって俺かゴルァッ・・・・!!!」
「ああ、そうだ!!棒倒しで騎馬を組んで俺は確信した!!!お前らと騎馬戦に出れば、勝利を掴むことができると!!!!」

あまりの了平の強引さに口をパクパクするしかないツナである。
騎馬戦。
並盛中体育祭のクライマックスは棒倒しであるが、事実上最後に行われるのはこの騎馬戦だ。
ABC代表の男子のみの騎馬数体が集い、グラウンドを舞台に決戦を繰り広げるのである。
騎馬の上の者は地面に落ちるか、配られる騎馬専用のハチマキを取られたら失格。
一定時間が経って一番最後まで残っていたチームが勝ちだ。
ハチマキはどのチームも取りにくく工夫するので、実は勝ち負けは上の人が地面に落ちるかどうかで決まることが大半なのだ。
そんな棒倒しにも似たところがあるせいか、この競技もなかなかに盛り上がる。
騎馬となるのはクラスから選ばれた数人。
屈強とはいえないツナも、チームプレイを好まない獄寺も、走る競技に引っ張りだこだった山本も選ばれてはいなかったのだ。

「人数のことなら心配ない!!俺と組むはずだった3人を辞退させた!!!!」
「うっわこの人なんてことを!!!」
「いいじゃん、出よーぜツナ」
「そうですよ十代目ッ!!!」
「ええっ!!?二人ともやる気満々なの!!!?」

戦いの前の、独特の雰囲気をみなぎらせる二人に、ツナは今度こそ慌てる。
復活した獄寺が、目に力を漲らせて言ってきた。

「ボータオシの時は恥ずかしながら自爆してしまいましたが、今度こそ護り通して見せますよ!!」
「そんなこといわれても・・・・ていうか自覚あったんだ・・・・・・」
「いいじゃんツナ、リベンジってコトで」
「そんなぁ・・・山本まで・・・・・・・・」

最後の望みの彼もツナの肩にぽんと手を置いてそう言う。
ニヤリ、アレな笑みを浮かべて、爽やかに。

「それにツナの足に触り放題だしな!」
「そこかぁーーーーー!!!それだけのために戦場に赴くのか山本ォーーーー!!!!」
「うむ、その通りだ!!!!」
「お兄さんも同調すんな!!!」
「てめえら破廉恥な思いを十代目に抱くんじゃねえ!!!」
「鼻血がぶり返してる君が一番破廉恥だ!!!!」
「パオパオ師匠も賛同しておられるぞ!!!!」
「パオ――――――――――ン!」
「タイに帰れええええええええええええええええええええ!!!!!」

職員用テントの上に絶妙のバランスで立ち空に向かって雄叫び(?)をあげるパオパオ老師。
いつの間に着替えたのか見当もつかないリボーンに、とりあえず叫んだツナであった。









 

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