君がすぐに どこかに行かないように 手を握ろう




































 

 

 

 

 

 




















リボーンがいなくなった。









最初に気づいたのは雲雀だった。
彼やリボーンには戦いに駆られるもの同士の特殊な感覚があるらしい。

「リボーンはどうしたの?」

聞かれて驚いたのは山本だ。
ボンゴレファミリーに属しておきながら、かれこれ数年変わらない群れ嫌いで、
個人行動の多い、そういえば山本は2,3ヶ月ぶりに会ったかもしれない、雲雀に。
突拍子もなくリボーンの事を聞かれたからだ。

「雲雀、いつ帰ってきて・・・・いや、いつ出発し・・・そういやどこ行ってたんだ」
「黙って質問に答えてくれる?」

冷たく切り返してくるヒバリに山本は苦笑する。

「リボーンはどうしたの?ここのところ見ないけど」
「あんた、相変わらずだなあ」
「君もね」
「リボーンは俺も見てねーよ・・・・・・仕事のペースがいつもと変わんねーから、気づかなかった」
「行方は知らないんだ」
「生憎な」
「そう」

聞くだけ聞いて雲雀はきびすを返した。
挨拶の何も無しに。
その様子を山本の目が静かに追う。
ボンゴレファミリー本拠地の廊下に一人立ち、雲雀の背が奥の階段の向こうに消えるのを見送ってから、
山本はその反対側に歩き始めた。

行き先はドン・ボンゴレの部屋。
リボーンの居場所を知っているであろう彼に、会う口実ができたと。
内心少し喜びながら、彼は歩いていった。




















 

 

 

 




















ボンゴレファミリー10代目ボス・沢田綱吉の自室。
そこにもやはりリボーンの姿はなかった。






「ああ、リボーンならいないよ」

聞いてみて帰ってきた答えは、思いのほかあっさりとした様子で。
大きな机と椅子の間に挟まれるように座り、
書類の上であくせく視線を動かし、すらすら手を動かして仕事をこなすツナの言葉は、
応答というよりは、業務連絡というような、
どこかに冷たさを帯びたものでもあると、山本は感じた。

「アメリカのほうで状況が悪化した」

ちらりと見るようにツナの視線が山本に向けられる。
山本の表情が、ほんの少しだけだが、硬くなる。
派遣先の任務が長引くのはあまり良いことではない・・・・・・・・・・・・・・・・
それでもリボーン一人に任せたまま更なる派遣をしないというこの状況。
厄介事か?言おうとした山本が声を吐く前にツナは笑って付け足した。

「2週間前の話だけど」

肩を竦めたボスの様子に、山本は安堵とともに拍子抜けたような気がして。
山本は短く刈った黒髪をかしかしと掻いて笑ってみせる。

「何だーもう解決したのかよ」
「あっちの奴らも運悪いよな。たまたまファミリーが派遣されてて、それがたまたまリボーンだったんだから」
「そりゃー最悪だ。で、そろそろ帰ってくんのかチビのヤツ」

 

軽く聞き返した山本だったが。
儚く笑っていたツナが、視線を書類の束に戻した。
それになんだか、どきんとした。

「わかんない」

ツナは終始笑顔だった。

「あっちの奴ら数も多くてしつこいからしばらく様子見。動きがあったらこっちも何か対応しなきゃいけないけど・・・・・」

ふうと目を細める。

「イタリアも結構危ない状況なんだよね、今」
「だからあっちは少数でカタをつけてもらうことにした。失敗は許されないけどまあリボーンなら大丈夫だろうし」
「そんなわけでまだアイツは帰れない。あ、これ一応秘密裏だから人に言っちゃダメだよ」

ざっと説明したツナに山本は内心吃驚する。
書類をはじく指先は仕事をこなす男のもので、
口から零れる言葉はまさしくマフィアのもので、
冷たく自身を持ったその目は、山本が今まで見たこともないと思えるほどに、どうしようもなく、
ボスだった。

 

「・・・・・・・何かスゲェ」
「んー。リボーンくらいだよな・・・・あっちで独断でこんなに良い判断と仕事できるの」
「いや、そーじゃなく、ツナが」
「オレ?だこがだよー」

心のそこから感嘆する山本に、書類から目を離さずにツナが薄く笑う。

「前から結構そうだったけどよ、何かツナ、リボーンいなくなったら一層しっかりしてんのな」

山本はなんだか嬉しいようでさびしいようで、変な気分である。
親心みたいなもんかと胸中で決定付け微笑んでやると、
少しだけ誇らしげな顔で、ツナが言った。

「今までリボーンつきっきりで指導したり色々してくれたから・・・・・リボーンいないときにその成果を出さなきゃ、って」
「・・・・・だからいつもより張り切ってんのか」
「ん。それに助けをやれないオレがリボーンにできるのって、こっちでリボーンがいなくてもしっかりやってく事くらいだと思うんだ」

その声には淀みがなかった。
微塵の曇りも無い彼の言葉は、山本の素直な感動を呼んだ。

「・・・・なー、オレさ」
「何」
「昔っからツナのこと『かわいくてほっとけねぇ』ってよく思ってた」

それを聞いてツナはむう、と口を尖らせる。

「あんまり嬉しく無いな」
「今でも結構、かわいいしほっとけねえけど・・・・・」
「だから嬉しく無ぃ・・・・・・ッ」

言葉の続きは山本に飲み込まれてしまったようなものだ。
書類をつかんだ腕の、手首に大きな山本の手がある。
天然木製の優美なデザインの机をずいと乗り越えた山本の膝頭が、積まれた書類に変なシワを造っている。
せっかくくっつき合っていた唇が離れてしまったとき、
彼は耳元で囁いたのだ。

「ボスになってしっかりしちまって・・・・・・・・・またすげー好きになった」

山本がいよいよもって乗り出してくる。
ツナは答えるように黒皮の椅子と山本の間に体を落ち着かせた。
手にしていた書類をそこらに散らばして、

「惚れ直す、って言うんだろ?」
「そー。それだ」

瞳をとろんとさせながらネクタイを解きあう。
今日の仕事はここで終わりだ。
その埋め合わせは後日、自分のシャツのボタンをゆったり外しているこの男にしてもらおうと。
自らに呆れるほど冷静に考えながらツナは山本の背に腕を回した。




















 

 




















嵐の夜の 波のように 見えない何かにおびえて

道の前で 迷い 立ちどまっている

なくすものに はじめて 気づいているから































 

 

 








起きてみると月明かりが白々としていた。
ボスの部屋は窓が小さい。安全面を考慮したものできちんと光彩も気遣われているのだが、
広い部屋にぽつぽつとある窓は独房のようだと、山本は思ったことがある。
何時間たったか確認するのも面倒だった。
ベッドに寝ていた。枝垂れかかってきたツナをここに連れてきたのは自分だ。
ところが寝返りを打ってみると、山本の隣にツナがいない。
自然と視線が部屋の中を彷徨う。
山本は西側の窓から外を眺めているツナを見つけた。
かすかに風を感じた。
ツナは上にシャツ一枚だけを羽織って、防弾ガラス製の窓を開け放しているようだった。
部屋に合わせた無難な色のカーテンが左右に開けて靡いている。
山本はベッドから起き上がり、彼の元に歩いた。

 

「おはよう」
「おはよ。あぶねーだろ・・・・・閉めろよ」

無防備にもほどがある。
月光に混じったツナはそのまま消え入りそうな印象だった。そういえばここ最近彼は一層白くなったような気がする。
挨拶を交わし、無造作に窓を閉めようとした。
途端、その手をツナにきゅうとつかまれる。

「・・ツナ?」
「この窓、閉めないで」

何で、と目で問う山本に、ツナは答える。どこか言い辛そうに。

「虫が、飛んでくるかもしれないだろ」
「虫??」
「なー山本」

だったらなおさら窓は閉めたほうが、と、
山本が聞き返したのに答えなかった。
ベッドのほうにぺたんぺたんと無責任に歩きながら、ツナは崩れた口調で山本のほうを振り返る。
そして予想もしないような言葉を投げかけた。

「ドラえもんの最終回って、どうなるんだったっけ?」
「は?」
「どうしても、思い出せないんだよ」

山本は素っ頓狂な声を上げる。
どうしてこの状況でドラえもんなのかとも思ったが。
ベッドに座るツナが目に入る。その姿がどうも、昼間見たボスと同じ生き物とは思えない、
とても果敢無げな、ともすると消えてしまう幽霊のような不安定なモノに見えて。
ただ答えてやることが、ツナのためのような気がした。

「・・・・・・・ドラえもんが未来に帰っちまうんだ」

山本は記憶を手繰りよせ話し始めた。ツナはベッドに小さく座ってじっとそれを聞いている。

「のび太は止めようとするけど、ダメだったんだ、確か。それでドラえもんが安心して帰れるように『大丈夫だ』って言って」

何しろ10年以上前、ドラえもんの特番か何かで見たものだ。はっきりとは覚えていない。

「ドラえもんは帰っちまうんだけど、一個道具を残してくんだったかな・・・あんま覚えてねぇんだけど、ウソがホントになる道具」

意外と細部まで覚えている自分に、感謝したい気分である。たぶん小学生当時これを見て感動したせいだろう。

「それを使ってるときにのび太が『ドラえもんはもう帰ってこない』って言うんだ。そしたら・・・・・・・」
「ドラえもんが帰ってきたの?」
「ああ。確かな」
「それからは?」
「・・・・よくわかんねーけど、ずっと一緒にいたんじゃねーかな」

 

「本当?そっか・・・・」

ツナは真摯たる表情で何度も確認した。
穏やかな表情で、すごく、すごく優しげな様子で、
酷く悲しく微笑むのだ。

「帰ってきて・・・・・・・よかったなあ・・・・」
「ツナ?」
「結局最後は、ちゃあんと戻って来るんだよな・・・・・・・・」
「ツナ、どうした?何か変だぞ」

歩み寄って顔を覗き込む。

「リボーンから連絡が途絶えたんだ・・・・・・・・」
「!?」
「一ヶ月前アメリカに派遣してから、報告が届くのが稀になった。報告が来ない日がどんどん増えてって、1週間前から音沙汰無し」
「・・・・・・!!」
「電話もメールも繋がらない。伝書蜻蛉あたりが来るのも待ってみたけど・・・・全然来ない」

悲哀を感じさせる瞳に、次第に涙が滲んでいった。
窓を開けておいたのはこのためだったのだ。虫使いのリボーンから、連絡が来るのを、ずっと・・・・・・・
山本はツナの肩をつかんだ。
肩の柔らかさも細さも、抱いた先刻とは何も変わっていないのに、すうっと気化してしまいそうな頼りなさがあった。

「・・・チビが大丈夫じゃないわけねーだろ。アイツを誰だと思ってんだ」
「分かってる。リボーンは大丈夫だよ・・・・俺は、それを心配してるんじゃなく・・・・!!」

 

ツナの目の、零れそうな涙が、ツナの感情をも表しているのではと山本は思った。
ボスとしての役目を果たさんと抑えていたもの・・・・・
それが今、溢れ出そうとしているのではと。

「オレがさ、リボーンに教わったように・・・ボスらしくなれば、ちゃんとしたボスになれば、リボーンが居なくなるかもしれないんだ!!」

悲痛な叫びのように、その声は聞こえた。

「だってリボーンは俺の家庭教師で、俺を立派なボスにするのが、仕事で!だからリボーンが役目を果たしたと思ったら、きっとまた誰かの依頼で俺の手の届かないところに行っちゃうんだ!」

訴えるように山本の胸に突いた手が、震えている。

「でも、だからってオレがいつまでもダメだったら、呆れてオレから離れるかも知んない・・・なあ、どうしてもリボーンはいつか居なくなるんだ!!リボーンはオレがいなくて平気でも、オレはリボーンがいなきゃ・・・ダメなのに・・・・・・」

嗚咽を聞いて、頭を撫でてやることしかできなかった。それだけしか。

「・・・・・・・今回、リボーンがいない間、オレがんばってただろ?」
「・・・・・・・・・・・ああ」
「リボーンは、リボーンだから、離れてても俺のこと全部知ってるような気がするんだ」
「・・・・」
「なあ山本、どうしよう・・・!!リボーンがもし、俺に教えること何にも無いって、もう俺の家庭教師じゃなくなってたら!もしかして、連絡無いのは、様子見じゃなく依頼が終わったからじゃ・・・・」
「ツ、ナ」
「居なくなるのは嫌だ!もう会えないのも嫌だ・・・!!なあ、なあ山本、そんなことになるくらいなら、オレ立派なボスになんてなりたくない・・・・・・・・・!!」
「ツナ」

 

名前を呼んでやる。穏やかに、優しく。
ツナは昔から失うことに大きく脅える性格だった。この世界に入るとき、平穏を最後まで捨てあぐねていたのも、ツナだった。
そんなツナが、この大きな不安を抱えて、今まで過ごしてきたのだ。
誰にも言わず、静かに、密かに、失う瞬間に脅えながら過ごしてきたのだ。
つらい、なんて言葉じゃ片付けられなかった、その証拠がこの涙。
何で俺に相談しない?真に不謹慎だが、一親友として山本はそう思った。

「オレさ、昔っから思ってたんだけどよ」

山本の言葉に、ツナが涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげる。
他の男を思って泣かれた山本は、それでも彼が死ぬほど好きだと小さな体を抱きしめた。
山本はツナのよりどころになりたかった。そしてなれたら最高に幸せだと考えるのだ。

「ツナは『モノゴト悪いほうに考え過ぎ』だ」

腕の中で、ツナが呆けたような顔をする。
それを見とめた山本はにんまり笑って見せた。
出会いがあれば別れがあるなんて、悟ったように言うつもりは毛頭無い。
現に、山本自身ツナの傍に一生居続けるつもりだ。

「俺には分かる!リボーンだって、ツナが居なくちゃやってけねーんだ」
「そんな・・・・わけ」
「いや、ぜってーそう。だってツナが立派なボスになったら、お前の下以外で働きたいやつなんていなくなるだろ?」
「な・・・・・・・・・・」

暢気な声でツナを良いほうに連れてゆく。
いつもの調子でニカッと笑むと、改めてほろりとツナの瞳から涙が落ちた。

 

「どうしてダイバーは海に潜れるか知ってるか?」
「・・・・・・・・・?」

突拍子も無いことを言ったのは山本のほうである。
ツナは思考を廻らし、当然たる答に行き着いた。

「・・・・・酸素ボンベがあるから」
「いや・・うん、まあそうだけどよ」

現実味のある答に苦笑してから、言葉を続ける。

「ダイバーはな、海の中から海面に上がってこれるから、海に潜れるんだ」
「・・・上がってこれるから?」
「ああ。潜ったら最後海面に上がれないんなら、海に潜るやつなんていない」
「・・・・・!」
「ドラえもんだってさ、ウソがホントになる道具で帰ってこれるって思ってたから、きっとのび太に別れを言えたんだ」
「・・・・・・・リボーン、は・・・!!」
「リボーンだってそうだろ。ここに帰ってこれるから行った。だから必ず帰ってくる。チビにとって、ツナが必要だから」

 

 

 

 


がばっ!

ツナが顔を上げた。山本が驚いたのもつかの間、頬の涙をぐぐいと拭う。

「だからツナはちゃんと待って・・・・・っておい?」

そこから先はなんだか早送りを見ているようだった。
山本の腕を潜り抜けてクローゼットにかじりついたツナは、怒涛の勢いでスーツやネクタイや下着なんかを取り出して着替え始める。
数年前まで結べなかったネクタイを2秒の早業で結び、財布と机の一番下の引き出しの中の一丁の拳銃を内ポケットに仕舞い込んだ。

「・・・・どっか行くのか?」

そこでやっと山本は声が出た。
そこまであっけにとられていて、何がなんだか分からなかったのだ。
聞かれたツナは振り返って答える。

「リボーンに何かあって、海面に浮上できないでいるんなら、オレが潜っていって引き揚げてやるんだ!」

表情は力強く凛としていて。

「ありがとう、山本・・・・・もしリボーンが遠くの海に行こうとしているなら・・・・・・・・・」

ばさりと薄墨色のコートを羽織る。

「泳いで追っかけて、連れ戻してくる!」

その後姿は、確かにボンゴレファミリーの筆頭、10代目ボスのものなのだが。
大切な何かを守るために走る彼は、
どうしようもなく沢田綱吉である。

「がんばってこいよ」


けたたましくドアを開けて出て行く彼に山本はそっと言葉を送った。




その言葉がツナに届いたかどうかは定かではない。




































 

 



なにもかも愛してみたい 大きくこの腕を広げて


本当は君を丸ごと 包んでみたいよ



そして無限の海を 潜ってゆきたい

 

 

 

 











 

 







 

 

 

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かな様、34444HITありがとうございました!!
リボーン派遣中のツナリクでしたが・・・・・・
すみませんツナ違いすぎぃで!!!
リボツナなのにリボーンが出てないというちょっと冒険チックなことになって
しまった事についても深くお詫び申し上げ奉りまする・・・・・!!
一応リボーン出てくるラストも書いたんですが。
しっくり来ないのでお蔵入りにさしていただきました;;色々ごめんなさい!!
ドラえもんとか関係ないですしね!!関係無いのに入れんなって話ですが。
こ・・・こんなんでよかったらどうぞ・・・!返品バリオッケェっす!!
ちなみに題名拝借&歌詞一部抜粋元は「波」by稲葉浩志。いい曲。

 

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