珍しく子供のように嬉しそうな顔をして、ゼンウはタタリに話しかける。
「なー大将見ろよこれ。何かバァさんにもらったんだけど」
タタリはもちろん振り返らない。
彼にとってはゼンウの相手をしてやるよりも、机に向かって兵法書を読むほうが優先順位的に上だからだ。
一方のゼンウは、自室の机に向かうタタリの近くに勝手にイスを引っ張ってきて、だらんと座っている。
手には小さな欠片。
先程から話題にあげていたそれを、手の中で転がしたり、日光に透かしてみたりしていた。
「アンタこれの名前知ってるか?俺こういうの全然詳しくねえからよ」
聞かない。答えない。見もしない。
完全に無視を決め込むタタリをゼンウはじっと見た。
相変わらずだなと、笑顔とも呆れ顔ともつかない表情をする。
きちんと机に姿勢良くついているタタリに対し、ゼンウは片肘を机に突っかけながら。
その手の中の、無色透明の石のような『何か』を今度は色んな角度から見ていた。
お前に相応しいとか何とかと言われ。
城のお抱え占い師である老婆・・・ゼンウはバァさんと呼んだが・・・にいただいたそれは、中指の爪くらいか、少し小さいか。
透き通っていて細長い酷くいびつな六角柱だ。
氷を無造作に砕いたらこんな感じになるだろうかと、ゼンウはぼうっと考える。
まあ、氷なら、こんなに光を撒き散らして輝くようなこともなさそうだが。
「何なんだ?これ。・・・・・・・・バァさんが持ってた水晶玉の破片か?」
妙な仮説を立ててみると、やっと興味を示したようでタタリが本から顔を上げる。
割れたのかよ。とでもツッコミが入りそうなところだったが。
タタリはじっとゼンウの持つ透明な石ころを凝視していた。
そして何か分かったのか、にやりと笑うと、
「この国の物の価値はどうかしてるな」
よく分からないことを言ってクックッと笑う。
「・・どーゆー意味だそりゃ」
「それがあれば、あっちの世界ならちょっとした財産になる」
あっちの世界。またゼンウの分からない時限の話が出てきた。
ゼンウは心底不思議そうな顔をして、もう一度欠片を太陽にかざしてみた。
部屋の窓から入る斜陽をことごとく反射するその物質。
「あっちの世界じゃ水晶にそんな価値があるのか?」
「いや、そりゃ水晶なんかじゃない」
タタリが、一緒になってキラキラ輝くひとかけらを見つめて、続ける。
「ダイヤモンドだ」
金剛石
「ダイヤモンド?」
「・・・・・・・こっちじゃまだ名前も知られてねえのか」
何に対するものかも分からぬため息をついて、タタリはゼンウの手の『ダイヤモンド』をまじまじと見た。
「あっちじゃあ宝石の中でも特に重宝されてる」
「これがか?」
「雨粒くらいの大きさでも、モノによってはバァさんの持ってる水晶球より高い価値があるからな」
「へぇーえ・・・・」
「この大きさじゃ随分な値打ちになるだろう」
「・・・すげーんだな・・・・・・・」
などと感嘆の声を上げながらも、実はあまりそのすごさがわかっていないゼンウである。
懇切丁寧な説明にも適当な返事しかしないゼンウに、タタリは眉を寄せた。
価値も何も、この物質のことすら知らない男は、あの老婆からダイヤモンドの塊をもらったらしい。
他の宝石でもなかなか無いくらいの大きな塊を、だ。
思い出した言葉。
猫に小判。豚に真珠。
「・・・・・・阿呆にダイヤモンド」
「は?」
渋い顔をしているゼンウを前に、自然にそんな言葉が口から零れた。
その言葉に疑問の声を上げた護衛は無視して手から宝石を奪い取る。
見れば見るほどに、形はいびつなものの。
何故老婆はこんな男にこんな価値の高いものを譲ったのかと思う。
「・・・バァさんが俺に相応しいから、っつってよ」
「それだけか」
「ああ。俺にはさっぱりだ。あんた分かるか?これが俺に相応しいって意味」
「俺に聞く前にバァさんに聞け、全く・・・・」
と言いつつも、タタリはその石に関わる情報を自らの脳から検索し始めた。
心情を見透かしたようにゼンウが説明を加えたが、結局はよく分からない。
分からなくとも相変わらず巨大なダイヤモンドは輝いている。
ダイヤモンド。
通称宝石の女王。
「ダイヤモンドの語源はギリシャ語の『アマダス』・・・“征服されざるもの”」
「征服されざるものならあんたの方が合ってねえか?つーかやたら詳しいな」
「あっちのバァさんが専門家でな。パワーストーンがどうとか・・・・・そういう本を読んだことがある」
読んだことがあってもそれほど覚えている人も少ないのだが。
そこは彼の記憶能力の賜物だろう。
「4月の誕生石だが、暦が違う」
「誕生石??」
「まさかエンゲージリング?いや、そんなはず無いか。指輪じゃないし第一気色悪い」
「いや気色悪いてあんた」
「・・・バァさんからの求婚?」
「・・・求婚なら俺からあんたに」
「刺すぞ」
「勘弁してください」
やはり謎だらけだ。
この石の価値すらあまり認められていないこの世界で、なぜ老婆がこの石をゼンウに相応しいと思ったのか。
だが謎も解けないままでいるのもムカつくので、タタリはしばらく考えた。
そしてふとある考えに行き着く。
「・・・・・・・御守り・・・か?」
「御守り?」
「ダイヤモンドは世界で一番硬い。古くから護身用として身につけていたという話も聞く」
「・・・世界で一番!これより硬いものがないってことか?そりゃすげぇ」
ゼンウがやっとダイヤモンドに本格的に興味を示す。
タタリの手から奪い返し、改めて石を見た。
目の輝きはまるっきり少年のそれだ。
「じゃあ、これで剣を作ったら何でも切れる剣になるってワケか」
「・・・・・・・・・なるか、馬鹿」
「あ?なんでだよ」
「それより硬い物質が無いのに剣が鍛えられると思うか?」
「・・・・・・・・・・・・ああ、なるほど」
やっと理解してちょっとがっかりするゼンウ。
タタリは思考がなぜか剣に直結している彼を冷めた目で見る。
ダイヤモンドはダイヤモンドでしか削れない。ていうかそもそも量が足りんだろうと。
突っ込みたいところは山積みである。
「仮にダイヤモンドの剣ができたとしても、鉄すら切れない」
「??何でだ?」
「前に何かの本で読んだ。どうしてそうなのかは覚えてないが、硬いといっても壊れないわけではないらしい」
「・・・・・ふーん・・・・」
ゼンウがよく分からない、といった風な相槌を打つ。
しばらく難しそうな顔をしていたゼンウだが、
飽きたのか読書に戻り始めていたタタリの横顔に、ポツリと零す。
「御守りなら、なおさらあんたがもってたほうがいいよなぁ」
言い終わったと同時に、タタリがバタンと兵法書を閉じた。
なんだかやたらと大きな音を立てて閉じたものだから、ゼンウはイスごとびくりとする。
怒ってんのか?長い付き合いから培われた勘のようなものでそう感じ、
やはりガタタンと大きな音を出してイスから立ち上がったタタリを恐る恐る見上げた。
帽子をかぶり直されたせいでゼンウには微妙な判断しか出来なかったが。
何だか彼が照れ隠しに怒っているような気がする。
根拠もなしにそう思った直後、タタリがゼンウを見下ろして吐き捨てた。
「俺にはそんなもの必要ない」
一瞬、きょとんとしてから。
当然のようにゼンウは聞き返す。
「何でだ?」
「自分で考えろ」
スッパリ言い放ってから、タタリは大股でドアまで進み部屋を出て行く。
慌ててイスから立ち上がりゼンウもその後に続いた。
この世で一番硬い石を手に握り締めたまま。
ところが困ったことに、ダイヤモンドの刀で鉄のカタマリに斬りつけると、ダイヤモンドのほうが砕けてしまう。
そもそも「硬い」とは、原子が強い力で結合しているため、変形しにくいということだ。
別の言い方をすれば、変形する余地がないということでもある。
激しくぶつかり合った時、鉄は変形して衝撃を分散できるが、変形できないダイヤモンドは、ぶつかった点に衝撃が集中する。
その力には、ダイヤモンドといえども耐えられないわけだ。
硬い物は、宿命的にモロいのである。(『空想科学読本3』より)
廊下を心持ち早足でゆくタタリを大股で歩いて追いかけながら、ゼンウはその後ろ頭に言葉を投げる。
「おーい大将ー、どこ行くんだー。あと何怒ってんだー」
「書斎」
「・・・・・・・・怒ってる理由・・・自分で考えろってか・・・・・・・・」
ふいーとため息をついて、それでも歩幅は一定に保って。
何で彼が怒っているのかゼンウは考えを廻らせた。
タタリは。
年の割りに頭脳と判断力と理性の制御が他より著しく発達した少年は。
その代わり自信とプライドすらも他よりやたらと発達した師団長様は。
異様なまでに冷静な気質とは裏腹に、意外とくだらないことで怒ることはゼンウも知っていた。
例えば、ゼンウが遊び心でからかった時とか。
例えば、ゼンウが必要以上に接近した時とか(この場合は鉄拳制裁が待っている)。
そしてその動悸の約半分は・・・・・・・・・
「・・・・やっぱ照れ隠しか・・・・・・・・・?」
聞こえなかったのか無視したのか。
若い、というより幼い師団長の足は止まってはくれない。
護衛であるゼンウも・・・・本人の意思によるところが強いのだが・・・・離れるわけにもいかないので早足についてゆく。
二人揃って無言でスタスタスタ直線の廊下を歩き、曲がり角に差し掛かったところで、
突然、タタリの動きが止まった。
「うおっ!?」
急に足を止めたせいでタタリの背中にぶつかりそうになる。
ゼンウは小さく声を上げた。
目の前のタタリが、顔は見えないが、緊張した雰囲気に包まれるのを感じて、無意識に手が刀に向かう。
タタリは静かにしろとも言わなかった。
どうやら、誰かがこの曲がり角の向うにいるらしい・・・・・・・・
それもタタリの警戒具合からして心知ったる人物でないことは確かだ。
にわかに声が聞こえてきた。
「タタリ師団長についての調査は終わったか」
聞き覚えが有るようで無い声。おそらく初老の男。
「一通り終了した。だが・・・」
一人目とは違うが、またも中年か初老の年頃の男だ。
「また該当無しか・・・これは本当に異世界から来たというのを信じるべきかもしれませんな」
三人目。口調が丁寧で声が一番しわがれていて迫力が無い。
「まだ言っておるか、あの小僧の戯言を信じるとは!」
「だが、いくら調べても戸籍どころか出生もわからりませぬ。それに、あやつがこの世の人間でないようなのは我々が一番分かっておりましょう」
「あやつは異国より戦の火種を持ち込む危険因子だと思うぞよ」
「他国からの密偵という可能性も無いとはいえまい」
「とすると、やはりタタリ師団長はこの国の支配を揺るがすやも知れぬ」
「危険じゃのう」
「おお、危険だ。野放しにしておくわけにはいくまい」
これは、密談というものだろうか。
当初ただのタタリの出生調査の報告かとも思ったのだが、会話の方向はそんな穏やかなものではなかった。
男達はおそらく、古くからクリムゾン王国の知恵を司ってきた者達であろう。
タタリの頭には腐った目をした老人達の顔が鮮明に浮かんだ。
新参者のタタリと、現代から連れてきた知識を疎み目の敵にして、
会議になるといつもタタリにイチャモンつけては意見の否定をしようとする・・・・・・・
早い話が反タタリ党、とでもいった所か。
少し前、その連中に文句を言っていたゼンウに、タタリはああいう輩は放っておいても大した事はできん、と気にもしていなかった。
小僧の戯言。この世の人間で無い。戦の火種を持ち込む危険因子。他国からの密偵。
その言葉が向けられている彼は自分が散々言われているのを眼前にしてなおも平静を保っている。
つくづく年の割に強靭な精神力を持っているものだと、場の張り詰めた空気の中にもかかわらずゼンウは感心した。
密談はこれにとどまらない。
「このままでは今の小さな軍では満足いかなくなるであろう」
「左様・・・・・我々の政治にまで影響を与えることになる」
「小僧が何かしでかす前に何か対策を練らなくてはなりませんな」
「消してしまえ、あのような小僧は。政治は我々がいればいい」
「全く、何が師団長だ。あやつさえ来なければ・・・・」
頭の古いジジィどもが。ここまで軍を育てたのは誰だと思ってやがる。
ゼンウは犬歯をむき出しにして胸中つぶやいた。
タタリは何も言わずにその声をじっと聞いている。
怒るまでもなく、焦るまでもなく、悲しむまでもなく。
そういえば初めて戦場に立ったときも、死刑囚であった自分と初めて会ったときも、
彼はただ平然として余裕の笑みさえ浮かべていたなと思い出した。
タタリは強い。
誰にも負けない頭脳があるから本当に強い。
きっと誰にも屈しないから、誰よりも強い。
ゼンウは顔が笑みの形になるのを止められなかった。
ああ、ダイヤモンドみたいだ。
そして彼の予想通り、ダイヤモンドは三人の老人の前にズカズカと歩を進めていった。
政治家達が驚く声に苦笑が漏れる。
老人達の真ん中に立ち、鋭い眼光で敵どもを捕らえ、
威風堂々たる王者の風格でもって相手を圧倒する様子が。
とても彼らしくてゼンウは嬉しかった。
「助言をくれてやる。作戦会議をするときは、傍受されてないかどうか配慮すべきだ」
タタリの暗殺を画策していた古い人間達が一歩下がる。
恐怖に慄いた顔を見て、タタリが、あの笑みを、やった。
兵法に関しては右に出る者のいない、世界屈指の智将、タタリのあの笑みを。
「なぜなら、バレバレの作戦にはこれっぽっちも意味が無いからな」
タタリは強すぎる。
プライドばかりの、その老人が足を小刻みに震わせていた。
逆に殺される、とでも思ったのかもしれない。
タタリは満足したようだった。振り返った顔がにたりと笑っている。
「・・・おい、余計なこと言っていいか?」
「好きにしろ」
ゼンウは念のためにタタリに一つ確認した。許可が出ると同時、咳払いして、
「タタリに手ェ出したらあんたら殺すから」
本気で、と目に込めて言った。
とうとう腰を抜かした老人には目もくれずゼンウはタタリの行った方向に踵を返す。
十歩先を歩くタタリは、先程よりは怒っていなかった。
「俺はこの世界に必要か」
廊下を歩いているといきなり問われて、ゼンウは一瞬何事かと思った。
タタリがなんでもないようにスタスタ歩きながら、もう一度言った。
「答えろ。俺はお前らにとって、この世に必要なのか」
師団長の言うことをやっと理解して、思わず、ああ、という声が出た。
タタリは強い。
他に比べるものが無いほどに。
孤高という言葉が浮ぶほどに。
ダイヤモンドの語源は、彼曰く『征服されざるもの』。やはりぴったりだと改めて思う。
だが、
この老人の一言が彼の強い鎧の隙を突いてしまったのかもしれない。
『あやつさえ来なければ・・・・』
ダイヤモンドは硬いといっても壊れないというわけではない、という言葉も思い出して。
強いからこそ。
脆いところもあるんだろうと。
ゼンウはどうにも優しい気持ちになった。
「俺にとっちゃあ、あんたのいる世界が必要なんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あんたのいない世界は、さぞかしつまらねーだろーからよ」
「そうか」
静かに息を吐くように、タタリが答えた。
タタリは自分でもよく分からない不安に、自分でもよく分からない質問をゼンウに言ってみたのだが。
その答えは意外なほど優しいものであることに満足し足を速めた。
いや、俺がここにいるのは国やましてやこの阿呆のためなんかじゃなく、俺の兵法の腕を振るうためだろうが、と、
きちんと自分に言い聞かせてから。
そんなタタリに、軽い口調でゼンウが言う。
「ああ、なるほど。やっと分かった」
「何がだ」
「あんたが『ダイヤモンド』をいらないって言った理由」
タタリは強い。
「あんたはダイヤモンドみたいに強いから。それに御守りは・・・・・・」
だが、時々脆い。
「俺がいれば十分だからだろ?」
そんな脆い所も、彼自身も守っていきたいんだと、ゼンウは思った。
「な、正解?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・正解だ」
「よっしゃー」
「煩い、黙れ」
少し赤くなって悪態をつくタタリ。
辿り着いた自室のドアにどこか不機嫌そうに入ってゆく。
結局書斎には行かずにタタリの自室に戻ってきてしまった。
無言でまた先程の兵法書を読み始めるタタリを、ゼンウは傍らに立ちただ見ていた。
そういえば握りっぱなしだったダイヤモンドが手の中に在り、
もう一度光に透かしてみてみる。
とても綺麗だ。
ダイヤモンドの宝石言葉:『永遠の絆、不屈』
終
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キンクリ(捏造)小説でした。
んもーなんか相変わらずのありえん捏造具合です。
タタリなんかちょっと乙女入ってるし。反対勢力作っちゃってるし。
すみませんんんんんんん!!!
わけが分かりませんね。最初と最後の気力が全く違います。
バァさんはこれを見越してゼンウにダイヤをあげたのかと(同人老婆?)
ちなみに真ん中あたりのは「空想科学読本3」by柳田理科雄より勝手に抜粋。
意味わかんなかったでしょうけど、この文章が何かタタリ的だなあと思ったので
入れてしまいました。
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