君を想うとき
ああ、小さな背中が見える。
続く腕は細く、白いシャツに溶けるような白い肌。
俺を救った腕だってのに
何か頼りねーの。
「ツナ!」
昨日のトンボがけの時と同じように後ろから近寄る。
「や、山本」
振り向いたツナの表情が、なんか昨日と違うと思ったら
・・・・・・・・・・・少し困ってる?
まあいいや。気付かない振りしてよ。
「一緒に帰ろーぜ。俺部活出ねえから」
「いいの?・・・・・うん。じゃ、帰ろう」
知ってる。
お前が満面の笑み浮かべようとして、失敗してること。
俺の目を見ながら、チラッと、俺の布に釣られた右手を見てること。
ああ大丈夫、自覚はしてる。
俺は部活に出ないんじゃなくて、出れないんだって。
でも
俺が解決するべき問題は、ツナ、お前。
何でお前が落ち込んでるんだ?
山本が、今日の自殺未遂騒ぎなんて無かったかのように明るく、
俺と、前から仲が良かったかのように親しく。
「一緒に帰ろう」って言ってくれた。
嬉しかった。
俺にそんなことを言ってくれたってのもあるけど、一番嬉しかったのは
山本が、完全に立ち直ったことだ。
でも、何でだ?
心のどっかがもやもやしてる。
「ツナ、帰りどっち方向だっけ?」
「あ、俺あっち」
「やりっ、俺と同じ方じゃん」
三角巾につられていない方の腕が俺の肩に乗せられた。
俺の筋肉のついてない細い腕に、山本の鍛えられた胸板が触れる。
何か、不思議な感じ。
クラスメイトがこんなに俺の近くにいるってはじめてかも。
いや、山本は・・・・・・・・・・・・・・・・・友達?
まいったな。
俺どこから友達だかわかんないや。
山本はいいのかな。俺なんかと二人で帰るって。
クラスの人気者だから一緒に帰る友達はいっぱいいるだろうし、
一緒に帰りたがる友達もいっぱいいるだろうし、
今日はあんな騒ぎがあったんだから野球部の人だって気にかけてくれるだろうし、
ていうか、俺変態呼ばわりされてるし。
俺と帰ることに、抵抗は無いのかな?
並んで歩く山本は、こんなこと考えてる俺に構わず笑ってる。
ああ、そういえば俺、友達いなかったかも。獄寺君を入れればギリギリ一人?
さびしいヤツ。
しょうがないよな。だってダメツナだもん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それにしても・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山本のほうを仰ぎ見てみる。
「何?」
「何でもない」
何やってんだろう、俺。
一度は大好きな野球に絶望して、命を投げ捨てる覚悟までした山本は
なんでもない風に優しい顔。
対する俺は笑ってごまかすのが精一杯。
心のどっかがもやもやしてる。
それにしても
山本はもう辛くないのかな?
学校からしばらく歩いた。俺たちは他愛も無い話をしている。周りには既に人がいない。
「だよなぁ、あそこの説明全然わかんねーって普通」
「山本も?良かったあ、どんどん進んでくからわかんないの俺一人なのかと思ってた」
「あっはっは、ま、俺たちゃ落ちこぼれ仲間ってわけだな」
「えー、山本は入んないだろ。運動できるし」
「バッカ、勉強の話だって」
「そうなの?」
肯定の意味を込めて、ツナの頭をわしわしなでてやる。
「わあっ、山本ッ」
「あたりめーじゃん」
反論は許さない・・・ってか。
でもよ、こんなに触れ合ってても、俺が笑ってても、
ツナはやっぱり少し落ち込んでる。
コレは他の誰かには絶対分からない小さな違いだったが、確信があった。
ダメなんだよ、そんなんじゃ。
お前は笑ってなきゃ。
お前が体育の時間チームをたらい回しにされてる時、お前がしょぼんとしてる時、
俺がどれほど歯がゆい痛みに耐えていたか、分かってんのか?
この気持ちに昨日まで気づかなかった俺も俺だけどよ。
「ツナ、何か落ち込んでねぇ?」
「えっ!!!?そ、そんなことないよ」
嘘つけ。そりゃ図星指されたときの反応だろ。
「そんなことなくはねーだろ。何か重いんだよ、オーラが」
「オーラって・・・・・・・・・・」
困ったように返すツナ。その表情さえ少し暗いことは自覚してないに違いない。
あのなあツナ。
もっと俺を頼ってもいいんだぜ?
「何があったか知らねえけどな、秘密にしとく必要ないんなら言えよ」
「で、でも・・・・」
俺はツナに助けてもらったんだ。
だからお前のために、できるだけのことはするつもり。
恋の悩みでも
嫌な友達がいるというのでも
攻略できないゲームがあるっていうのでも
何か知らないけどパンツ一丁になる癖に困ってるとかでも
何でもいい。小さいことでも何でも、お前の力になりたい。
「あのさ・・・・・・」
「ああ」
「山本は辛くないのかなぁって・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
は?
俺のことで悩んでたの?
山本はぽかんとした。歩いていた足まで立ち止まってしまう。
あああああああっ、やっぱ訳分かんなかったかな?
いやだって、自分でも何が自分を暗くしてるのか良くわかんなかったから・・・・・
・・・・・・・・・適当に気になってたことしゃべってみたんだ・・・けど・・・・・・
え、何で笑ってんの?山本??
「あっはっはっはっはっはっはっは、はあ、マジかよ、俺のこと悩んでたの!?」
「ええええぇぇ、ダメだった?」
「いや、めちゃくちゃ嬉しー」
・・・・・・・・うーん、やっぱ山本はもう大丈夫なんだろうな。
凄く心配だったんだけど。
だってさ、屋上から落ちて、助かったのはいいけどさ、右腕が治ったわけじゃないし、
良く分からないけど、やっぱり野球は山本から少し遠ざかったのかもしれないし。
『でもがんばる』なんて一言じゃ、片付けられないことだってあるじゃないか。
「山本は強いから、もういいのかもしれないけどさ。その・・・・腕が折れるのって大変なんだろ?」
「んーまあな」
「あ、べ、別に聞きたくなかったら聞かなくていいからな?」
「いいよ、言えよ」
「うん・・・・・・・・・」
実の所、俺の中でもすべての言葉はまとまってない。
心のどこがもやもやしてるかも、分からない。
でも、言ってみるだけ言ってみよう。
「山本は凄いよね、一年で野球部レギュラーって」
「まー・・・それしか出来ないからな」
「んーん、それが出来るから凄いんだよ」
俺はそれすらも、いや、何もかもが出来ないんだから。
頭が悪い上に運動音痴、一つのことに才能を発揮することもない。
その上努力もしないんだから・・・・・・・・・・・・・・
本当にダメなんだ、俺は。
「屋上であんなこと言っといて、今ここでこんなこと言うのもアレだけど」
死ぬ気、なんて、死ぬ気弾がなきゃ未だに成れないし。
だから剣道やバレーでの活躍も、今日山本を助けたのも、
本当は俺の力なんかじゃない。
ああ、俺は何にも出来ないのに、何で山本は傍にいてくれるの。
「俺になんか、一つだけ凄い才能がああったとするだろ。ダメツナの俺が言っても説得力無いけど」
「いや・・・。それで?」
「俺は何もかもダメで、何にも出来ないから、その才能を大切にすると思うんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」
「あ、ダメっていうの、山本のことじゃないからな。俺のこと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・それでさ、その才能がいきなりなくなったら、俺、泣くと思う」
何もかもダメで、もうお先真っ暗な中で、
『才能』という響きは俺に甘くささやきかけてくるだろう。
もう大丈夫、一人じゃないって。
「・・・それまで才能があるからがんばれたんだろうからさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でもがんばるものなくなっちゃったら、もう、何もかも終わりだって思う・・・と思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
才能に見捨てられれば、
努力も出来ない、努力することも見つからない。
まさにダメの見本。大嫌いな俺自身。
あれ?
「だから山本は平気なのかな、って。自殺はやめても、野球はできない・・・・・だから・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
あ、
どうしよう、
心のもやもやの正体が、分かった。
「・・・・・・・・・・・・・・だから・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから?」
俺は勝手に、野球が出来ない山本に親近感を抱いてたんだ、ダメなのは俺だけなのに。
その上、怯えてた。
その腕が治ったら、ダメじゃなくなったら、山本は俺の元から離れていくんじゃないかって。
ああ、俺は何てダメなんだ。
だから、山本の右腕が治って欲しくないって、ちょとだけ思った、なんて。
ああもう、ツナ。
何でお前は、そうなんだ。
俺のことで悩んで、何で泣きそうになってんだよ。
「・・・・・・ごめん・・・・・・・・・・・・・」
謝んなくたっていい。
「だから、ね。ホントすごく・・・ッ・・・山本、辛いと思う・・・・ごめ、何泣いてんだか」
涙を堪えながら、懸命に続きを伝えようとするツナの姿に、心臓がどくんと音を立てる。
何でだろう、何だかすごく、愛しい。
スポーツは人との勝負。負けると悔しくて、勝つと嬉しい。
そんな世界だから俺もうらみつらみを多く受けてきた。
嫉妬、優越、敵視、そんな感情を腹に隠して、皆上辺だけは良い面してて。
でもツナは違う。
お前は俺の痛みを受け止めようとしてくれてんだろ。
昨日残って練習してて腕に痛みが走った時の悲痛。
医者に腕の状態を告げられた時の絶望。
そういうの、全部。
お前は理解しようとしてるのか。
俺の痛みに涙してくれるのか。
「ごめん、山本・・・ごめんね、山本、強いんだよなぁ・・・・・・俺なんかと、違って」
「俺なんか」だなんて言うな。
俺がお前の隣にいるのは、
俺が今、ここに立っていられるのは、
「俺にとっては」
ツナ。お前だったから。
「野球が出来ないのより、お前が泣いてる方が辛い」
「え?」
ツナの大きな瞳から、少しだけしずくが零れ落ちる。
「ツナ・・・・・・・」
俺はツナの頬に両手を添えると、涙をそっと舌で舐め取った。
「や、山本・・・!?」
俺は卑怯者なんだ。お前がこういうのに慣れていないことを承知で、事に及ぶ。
顔なんか真っ赤にして、かわいい、なんて。
お前が泣いてくれてんのに、俺は何を思っているんだか。
「泣くほど心配してくれて、サンキュ」
この場にそぐわない熱すぎる感情は、腹の中に収めておいて、
俺は短い言葉だけど礼を言う。
するとツナは更に悲しそうな顔で、ぶんぶんと頭を振って否定した。
「や、山本、違うんだ!俺、俺さ、すごいヤなこと考えてたんだ!!最悪なんだよ」
「ヤなこと?」
無表情に問う俺。
どこか怯えながらも、俺の目をまっすぐに見て、ツナが言葉を続ける。
精一杯という感じに。
「俺、山本のケガが治ったら、山本が俺なんかといる必要、ないから・・・山本がまた遠くなるんじゃないかって」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「だから・・・山本の腕が治らなければいいって、ちょっと思ったんだ。ごめん、ホント、最低だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい、ツナ、それ・・・・・」
「ごめん!!治らなければいいって思うなんて!俺、すごいヤなヤツだ。こんなんだから、ダメツナって・・・」
「違う、そうじゃなくて、そういうことじゃなくて」
「え?」
ちょっと待て。
ちょっと待て。
ちょっと待て。
ちょっともう一回言ってみろ。
ちょっとそれは、ひょっとすると。
「ツナ、お前、俺と離れたくなくて泣いたのか?」
山本にそう言われて、俺は馬鹿みたいにぽかんと口をあけた。
離れたくなくて。
確かにそうだ。俺にとって、誰より友達らしくしてくれる人が山本だから。
泣いたのは、
ケガが治らなければいいと思った、俺が情けないからと、
離れてしまうのがひどく寂しいから。
心に引っかかっていたのは、それ。
「あ・・・・」
ホントだ。
自分の顔が赤くなっているのが分かる。
子供みたいだ。
山本に離れてほしくなくて、当の本人に泣きついてしまうなんて。
しかも、それに自分自身気づいてなかったなんて!
あああああああっ、すっげー恥ずかしい!!!
「そうみたい・・・・俺、山本と離れたくない・・から・・・・・・・・・・」
恐る恐る肯定する。
見上げてみると、山本がじっと見つめ返してきた。
浮かべた微笑が柔らかい。
「すっげ、死ぬほど嬉しい」
俺、山本にひどいこと言ったよな・・・・・・・・
治らなければいい、なんて、自分勝手なこと、言ったよな・・・・・・・・・
何で山本は笑ってくれてるんだ?
「ツナ、お前はダメなんかじゃねぇよ」
声が優しすぎる。
何で?
「大丈夫。誰がなんと言おーと俺はお前の傍から離れない」
何でそんなこといえるんだ。
何でこんなに俺に優しいんだ。
何で!?
「だって俺たち親友だろ?」
山本は俺に当然のように言ってくれた。
親友という響きで胸がいっぱいになる中、俺は改めてこう思った。
ああ、やっぱり、山本はかっこいいな・・・って。
「・・・って何また泣いてんだよお前は!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・だって、山本が、俺のこと、親友って・・・・・」
盛大な嬉し泣きの間、途切れ途切れの小さな声。
こんな言葉ですら涙が溢れるその瞳。
すっげー・・・・
抱きしめたい。ああもうホントにヤベーよ俺。
本気でツナのこと愛してる。
「俺お前のそーゆートコ大好き」
「ええっ!!?」
「素直で、健気で、可愛い」
「山本・・・・・からかうなよー!!」
からかってんじゃねーよ。
俺はお前の素直で純粋なトコも、
健気で穢れを知らないトコも、
自分をないがしろにしちまうとトコも、
全然自覚ないトコも、
「それにしても、何で俺なんかを・・・・・・・・」
「何回も言わせんなって」
卑屈になっちまうトコも、
意外とへこたれない強いトコも、
争い事が嫌いなトコも、
俺を救ったその腕も、
「お前はダメなんかじゃねぇんだ。俺のこと救ってくれた。俺のこと一番わかってくれた」
時々思いがけなく強くなるその体も、
幼いつくりの顔も、
耳も、
髪も、
唇も、
全部、全部が、
好きなんだ。
「そういや結局、全部俺のために泣いてくれてたみたいだしな、だから」
独占したいから、なんてのは言えねーけど。
「お前のこと大好きなんだぜ」
うるうるしながら俺を見上げてたツナの額に、
我慢できず、ちゅっ、とキスを一つ。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!」
あはは、真っ赤っかになってら。
何だか熱くなってゆく額。
俺は最初、何されたのかわかんなくて。
じゃーなーなんていいながら分かれ道の片方を行く山本を眺めて、ただ呆けていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って何だよ今のーー!!!?」
キスだと分かったのは二十秒後。
誰もいない道で一人叫んだ。
そう自覚すればするほど、一瞬だけの柔らかい感覚が蘇って、
恥ずかしいほど赤面する。
「・・・・・・・・・・・・・もう・・・・・山本・・・・・・・」
口だけは忌々しげにつぶやいた言葉だったけど、
俺にとっては大切な人の名前。
自分の家への道を歩き出しながら、その言葉を思い出してみた。
『だって俺たち親友だろ?』
はじめてもらった、友達以上の称号。
『お前はダメなんかじゃねぇよ』
自分を認めてくれる人。
『お前のこと大好きなんだぜ』
「俺も友達として・・・・・・・・親友として、大好きだよ、山本」
言えなかった一言を口に出してみて、
少し照れる。
幸せだった。
終
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純☆山ツナでした。
題名はTOKIOの「君を想うとき」を拝借。
標的5の日の帰りみたいな感じで。
長長長ーですみません。ここまで読んでいただいてありがとうございます。
それにしてもわけわからん。
親友だって確認したのはいつなのかなーって
風呂に入ってて思いついた話なのですが
その日のうちに書かなかった(書けなかった)ため
まとまらずこんな結果になったのだとここに言い訳します
心残りとしては
ツナが暗い。山がエロくない。山が黒くない。中学生日記(?)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・といった所でしょうか。
こいつら、相思であっても相愛じゃありません。
割と食い違ってます。そこらへんが中学生日記。
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